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高校の教科書を読み返したりとか,しています

 ブログの"Sponsored Link"を見たら,過去のいくつかのエントリで,なんか面白い事になっていますね。エントリの内容からキーワードを適当にピックアップして関連するリンクを持ってきてるんでしょうか。
 ・・・ネガティブキャンペーンみたいになってるんですけど,いいのかなあ。

 さて。

 知らない内に世間に溢れていて、意味も分からないまま、いつの間にか違和感がなくなり、そのまま普通に使い続けている言葉って、結構ありますよね。
 マイナスイオン、ナノイーイオン、クラスターイオン・・・・イオンばっかりかw いやいや、波動とか、活性とか、ナノコロイドとか、科学では厳密な定義づけをされて用いられている言葉が、別の、もうちょっとあいまいな意味に置き換えられて使われているものとかもありそうです。
 あるいは、プラチナとか、チタンとか、希少ではあっても馴染み深いはずの物質が、思いも依らない役割を与えられていたり。
 ええー、チタンって、そんな効果があったの?
 ええー、プラチナって、そんな効果があったの?
 ええー、トルマリンって、そんな効果があったの?
 ええー、ゲルマニウムって(ry

 私達が耳にする言葉の中には、科学的なものもあるんですが、科学的でないものも相当数含まれています。でも私達にはそれを見分けることは出来ません。科学も、非科学も、押しなべて意味が分からないからです(爆)
 科学って、素人にはちんぷんかんぷんです。

 「科学は分からない」を、私達は変換して「分からないものは科学」と受け取っているところがあります。分からないものは分からないまま、便利なんだから利用して行こうよ、みたいな。私レベルじゃ分からないからこそ凄いんじゃない?みたいな。
 ここにインチキ商売に付け込まれるスキが生まれるんですが、そんな事言ったって分からないものは分からないし、でも便利なものは使いたい。
 なんかうまいこと判断できる基準ってどこかにないかなあ、と思って探していたら、ありました。
 自分の知識です。

 私が今使っている判断基準、それは「高校時代までに学んだ知識に、合致しているか」です。勿論,それだけじゃなくて,いろいろなサイトで調べる事も含めて,ですけど。

 分からない言葉が出てきたらまず検索する。説明を読む。説明の中にまた分からない言葉が出てきたら、また検索する。説明を読む・・・最終的に分からないまま残るようであれば保留。
 どこかの公的機関や、大手メーカーにリンクするようであれば、分からないまま信じる事もありますけど、最近はそれも危ないなあ、と思い始めています(^-^;

「中学の(又は高校の)授業では習ってないよなあ」というのは、結構重要な判断基準。つまり、自分の中の知識で判断できないものについては、まず保留しておく、という行動が有効ということ。
 「高校では習わないような高度な技術が使われているんだなあ」ではなく、「高校では習ってないなあ。じゃあ正しいかどうか、これだけじゃ分かんないなあ」です。

 実は私も、ずーーっと前者の様に考えていました(恥)。私が習ったことなんて、知らなきゃいけないことのほんの一部なんだろうって。世の中には私が知らないような凄い知識や技術が、山のようにあるんだろうって。でもそうじゃないんです。
 そりゃ、専門の研究をしようと思ったら、大学行って、大学院行って、みっちり勉強しなくちゃいけないでしょう。でも、日常生活の中での判断なら、中学や高校の知識だって充分に役に立ちます(誰だ、「勉強なんて社会じゃ役に立たない」なんて言ったのは!)。
 もし自分の知識で理解できないことが出てきたら「なにそれ?」って聞けばいい。そして、質問に答える責任は相手にあります。

 こういうやり方だと、もしかしたら凄く便利な技術を見逃しちゃうかもしれませんね。でもまあ、なくても特に困りませんよね。だって本当に便利なら、数年も経てば東○だとか、○立だとか、有名なメーカーが安くていいものを作ってくれるでしょうから、それから買っても別に問題ないでしょ。

 特に「健康」や「美容」なんかでは良くあるんですが、買うのが一日遅くなったら手遅れになる、みたいな感覚を持ってしまいがち。でもそれって多分、気のせいです。今までずうーっと、それなしで生きてきたんですから。

<あとがき>
 「死にゃあしないよ」みたいな軽いノリで書いてしまいましたが、生きるか死ぬかのぎりぎりの選択で、ニセ科学に手を出してしまうケースもある事は、もちろん承知しています。そういうのを商売にしている人たちに対しては本当に怒りを感じますし、そういうのを勧める善意の人に対しては本当に悲しい気持ちになります。
 ただ、私も当事者になれば、そういうものに手を出すんだろうな、と思います。まだ手はあるんだと、希望を持ち続けたい。そういう希望を与えるものであるなら、肉体的な治療効果はなくても意味はあります。でも、そうでないものもある。そして、必死の思いを食いものにする人たちもいるのです。

 代替医療を試す場合、ぜひ信頼できる医師の指導の下で試していただきたいな、と思います。効果があれば素晴らしいことですし、効果がなかったとしても、少なくとも害は防げるでしょうから。
 死は冷酷です。現代医療で治療できないことなんていくらでもあります。だからといって、現代医療に絶望だけはしないで欲しい。どんなに可能性が低かったとしても、人の命を救える最も太い糸は、やっぱり現代医療なんです。

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