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「ニセ科学批判」批判を見ていて,いつも疑問に思う事(2/14追記あり)

 私の趣味の一つは、テーブルトークRPG(以下T-RPG)です。

 RPG(ロール・プレイング・ゲーム)はなじみの言葉だと思いますが、コンピュータやゲーム機で一人で遊ぶのではなく、複数の人間が集まって、みんなでわいわい言いながら遊ぶテーブルゲーム形式のRPGを特に「T-RPG」と表現します。
 みんなでゲームを一緒に楽しめること、人同士のやり取りなので、行動の自由度が高いこと(「じゃあ、このカベを崩して進入するよ」「ええー?」)が、普通のRPGにはない魅力です。

 「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(D&D)」という、(その手の人には)有名なT-RPGがあります。RPGにはありがちなファンタジー系のゲームで、各プレイヤーは戦士、僧侶、魔法使い、盗賊になって、迷宮(ダンジョン)にもぐり、モンスターを倒したり、宝物をゲットしたりします。(※1)
 それぞれのプレイヤーがどの職業になるのかがとっても重要。
 戦士がいなければ敵が倒せません。僧侶がいなければ傷が治せません。盗賊がいなければ罠で死んでしまいます。魔法使いはピンチに陥ったときの切り札です。
 みんなが戦士をやりたくても、みんなが戦士になってしまっては生きて戻れません。ジャンケンで負けてしまった人は「ちぇー、次はやらせてくれよー」とかぶつくさ言いながら、他の職業を選びます。

 この役割分担の仕組みが「ロール(役割を)プレイング(演じる)ゲーム」と呼ばれる所以・・・かどうかは分かりませんが,私にとっては、社会的役割の重要性に気付かせてくれた、大切なゲームです。

 前置きが長くなりましたが(^-^;、今日のお題はこの「社会的役割」についてです。

 私達は社会的動物です。複数の人間がコミュニティを形成し、コミュニティの活動の中で個人の生活を営んでいきます。
 コミュニティの中ではそれぞれが明示的黙示的に与えられた社会的な役割を果たしていくことが重要です。

 部長は部下に対して仕事を割り当て、命令する。部下は命令を受けて仕事を実行し、成果を報告する。社長は全体を見ながら経営戦略を決定し、会社の進むべき道を定めるわけです。
 部長が「えー、やだよぉ、そんなの君が責任とってよぉ」とか言ったり、部下が部長に向かって「いいじゃないかそんなの。好きなことやらせてくれよ」とか言っていたのでは仕事になりません。
 部長が部下に命令するのは、彼らが偉いからではなく、それが彼らの役割であり、それを果たさなければコミュニティがうまく機能しないからなんです。

 TPO(時と場合)によって、社会的役割は変わります。「宴会部長」というと、揶揄的に使われる表現ではありますが、彼らだって会社を離れた部分で、コミュニティの人間関係を良好に保つという社会的役割を果たしています。
 会社で「なんだ君、この報告書は。やり直したまえ」と部下をしかりつけていた部長はテニスサークルに参加して、部下に向かって「コーチ、今日もよろしくお願いします」と頭を下げたりします(どこかのCMみたい(^-^;
 何もおかしくはないですね。みんなそれぞれの社会的役割をきちんと果たしているわけです。(※2)

 ニセ科学批判者も社会的役割を果たしています。「ニセ科学を批判し、その影響力を弱めることによって、科学及び社会の健全な発展を促す」という役割です。(※3)
 この社会的役割を最も効果的に果たせるのはやはり科学に造詣の深い科学者であり、実際に少なからぬ科学者がこの役割を認識し、積極的に活動に参加して下さっていることは、大変心強いことです。

 私のこのブログも、僭越ながら社会的役割を果たすために立ち上げました。私が設定した社会的役割はこうです。
「『ニセ科学が健全な社会の発展を妨げる存在であること』及び『ニセ科学批判の活動はマジョリティが求めている社会的役割であること』を周知することによって、ニセ科学批判活動を支援すること」
 実際に実効性を伴う影響力を発揮できるかどうかは別として(^-^; 目的ははっきりしています。(※4)

 さて、私がこの界隈を眺めていて、どうにもその社会的役割をうまく把握できない人たちがいます。彼らが自らに、どのような社会的役割を任じて活動しているのか、分からない。

 あのー,「ニセ科学批判」批判(者)の社会的役割って、なんですか?(※5)

 

<注釈>
※1
 何度も改定されてルールは変わっているのですが、一番単純で分かりやすいので、初版で説明しています。

※2
 本当はここから「役割のレイヤー構造」の話を広げたかったのですが、あまりに冗長になりすぎるので断念しました。ただでさえ冗長なので(^-^;
 私の最終的な見解だけを書いておくと、「『ニセ科学批判』批判の活動は、レイヤーが異なる」です。乱暴な言い方をすると「チラシの裏に書いとけ」になります(^-^;

※3
 私達一般市民にだって、社会的役割はあります。「ちゃんとした商品を見分ける目を養い、不健全な商売に資金を流さない」という役割です。この点において、「ニセ科学商品に騙された人たち」は、被害者という枠を超えて批判され得ます。
 厳しすぎる見解かな、とも思います。ただ、それを認識して目指して欲しいな、とも思います。

※4
 社会的役割を果たすにはコンセンサスが必要です。世間にコンセンサスが形成されていないと「勝手に何かやってる」と思われて、無視されたり、「税金払ってるんだからそんな暇があったら研究しろ」と言われます。
 あまり考えたくはないですが、万が一ニセ科学が、ニセ科学批判よりも大きな社会的合意を形成してしまうと、ニセ科学批判側が排除されてしまう可能性すらあります。
 だから少しでも認知を広げて行きたいなあ、と思ってやっているわけですが、本当はマスコミがきちんと動いて欲しいなあ、と思います。彼らにも自分達の「社会的役割」をしっかりと認識して欲しいです。

※5
 ニセ科学側の人がやっていらっしゃるのであれば、正否は別として理解は出来ます。

<2009/02/14追記>
 アクセス解析を見ていたら,このエントリに沢山のアクセスが。はてなブックマークと言うものがあるのですね(←ブログ初心者。つーか,ネット初心者w)

 いくつかのコメントにお答えしたいと思ったのですが,はてブの仕組みが良く分からないので(^-^; こちらに書いておきます(これって,ネチケ違反じゃないですよね?)。

shijuushiさんのコメント
>「D&Dに対して「ありがちなファンタジー系」という評はどうかなぁと思う。全然本論と関係ないけど。」

 書き損じました。D&Dを「ありがちなファンタジー系」と評価するのは,スター・ウォーズを「ありがちなSF系」と評価するようなものですw
 一応本文は「D&Dはファンタジー系RPG。ファンタジー系RPGはRPGのジャンルとしてはありがちなもの」という意味だったのですが,誤読して当たり前の書き方になってしまっていました。
 D&Dは,T-RPGの元祖と言える作品で,ファンタジー系RPGの中で最も高い評価を勝ち得ているゲームの一つです。

「ニセ科学批判」批判の社会的役割にいただいたコメントについて。
 私は「ニセ科学批判をより有効なものにする」方向で想定していたのですが,「ニセ科学批判の有害性を抑制する」方向のお考えが多い事に最初ビックリしました。ただ,よく考えてみたら「批判」という言葉にネガティブなニュアンスを乗せるのはむしろ一般的で,当たり前でしたね(私自身は「批判」を結構肯定的な意味で使うので)。
 拝見したコメントはどれもうなずくものばかりで納得,です。実際に「ニセ科学批判」批判を行っている方は,どのようにお考えなのかなあ。

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「ニセ科学批判」批判について」カテゴリの記事

コメント

巨人ファンとアンチ巨人ファン、そして、それにさほど興味はないが(例えばサッカーファン)、アンチ巨人ファンをちょっとからかってみたくなる人もいます。
そして、3者に社会的役割という点で優劣がありますか?
少なくとも、アンチ巨人ファンは巨人ファンと同じ土俵にのぼっているという俯瞰的視点も必要では?

投稿: たま | 2009年2月11日 (水) 20時59分

 たまさんこんにちは。コメントありがとうございます。
 なるほど「ちょっとからかってみたい」ですか。
 
 本エントリではニセ科学側の人の社会的役割については言及しませんでした。多分いろいろな立場の人がいるんでしょうけれど,ニセ科学を科学あるいは科学を超えた何かだと心から信じている人にとっては,おそらく「真実を広める」と言う事になるのだろうと思います。
 
 えーと,多分巨人ファンはニセ科学側の人,アンチはニセ科学批判者の比喩ですよね。
 比喩を取り外すと,こういう事になるでしょうか。
ニセ科学側の人・・・真実を広めたい
ニセ科学批判者・・・ニセ科学の影響力を弱め,科学や社会を健全に発展させたい
「ニセ科学批判」批判者・・・さほど興味は無いけれど,ニセ科学批判者をちょっとからかってみたい
 
 それとも「ちょっとからかってみたい」の部分も何かの比喩になっていますでしょうか。だとすると,ちょっと読み取れませんでしたので,ご教示いただければと思います。
 
 社会的役割の優劣については,その活動がコミュニティからどれだけ強く求められているかで,理屈の上では判断は可能と考えています。もちろん,実際に優劣をつけようとするといろいろなファクターがあって難しいだろうとは思いますが。
 ニセ科学に関して想定するべきコミュニティは,社会全体でしょうね。
 「ちょっとからかう人」が,社会からどれほど必要とされているかはいまいち想像つきませんが,これも比喩の部分が明かされれば理解できるかも知れません。
 
 あと,「俯瞰的視点」についてですが,私の想定できる土俵は2つです。
1.科学か科学でないかの議論の部分
2.社会のリソースを奪い合う競争の部分(例えば,ニセ科学に資金が流れれば,科学に流れる資金が減る,ということ)
 これらについては,ニセ科学側の人とニセ科学批判者は同じ土俵に乗っていると言えるのではないかと。それ以外の土俵は,ちょっと私には上手く想定できないので,たまさんの視点で他の土俵が見えておられるなら,それも教えていただけると嬉しいです。
 
 長くなってしまって申し訳ありません(^-^; どうにも文章がヘタで,短くまとめられないですね。

投稿: ハブハン | 2009年2月11日 (水) 22時46分

 はじめまして、どらねこと申します。
 T-RPGの言葉に惹かれてしまいました。
 私はT&Tやったなぁ。

 この例えはとてもおもしろいですね、ニセ科学批判批判者は何にあたるのでしょうか?
 GMが送り込んだ、混沌をもたらすNPCといったところでしょうか。
 この経験を経ることでパーティーの絆も強くなる?

 今後の記事期待しております。

投稿: どらねこ | 2009年2月14日 (土) 00時50分

 どらねこさんこんにちは。コメントありがとうございます。
 T-RPGに惹かれて来てくださって,とても嬉しいです(^-^)。T&Tのダイス振りの爽快感は格別ですよね。でもマイフェイバリットはB.ローズです(って,マニアックな・・・)

>この例えはとてもおもしろいですね、ニセ科学批判批判者は何にあたるのでしょうか?
 GMが送り込んだ、混沌をもたらすNPCといったところでしょうか。

 私の希望としては「まだ正義の心に目覚めていない強敵」です。「正義」と言うと中二病みたいでアレですが(^-^;
 ある物事に対して批判がされるのは,とても重要な事でして,有意義な「ニセ科学批判」批判ってあり得るし,実際あるんですよね。でも残念ながら,大半はそうではない。

 私は今回のエントリを挙げるにあたって2つの「答え」を想定していますが,私が想定した答えであってもなくても,何かしら考えて結論を出した上で批判してくれれば,きっと有意義なものになるのかな,と思っています。

 またぜひ是非,気づいた点などありましたらご指摘ください。

投稿: ハブハン | 2009年2月14日 (土) 01時28分

ニセ科学批判って狼少年だったんだねで終了

投稿: ニセ科学批判って狼少年だったんだねで終了 | 2009年6月16日 (火) 00時49分

 コメントありがとうございます。

 「オオカミ少年」の比喩でお話なさるということは、おそらく「オオカミはいない」が前提になっているのではないかと思います。
 ですが今までの経験では、残念ながら「オオカミはいない」というセリフは、たいていの場合オオカミさんご自身が言っていましたw (まあカレらはそう言うでしょう)

 それ以外の声は「バカな羊は食われてしまえ」「オオカミ少年はホンキならオオカミを絶滅させろ。警告の声を上げるだけなんて、ホンキじゃない証拠だ」「オオカミ少年の声が耳障り」などというモノがもっぱらです。

 「オオカミはいる」という前提なら「オオカミ少年は必要だ」で、それこそ終了,だと私は思います。
 あるいは少なくとも「オオカミに対する対処は必要だ」という共通認識が持てるなら、そこを出発点にしてお話が進められるだろうと思うのですが、どうもそういうお話にも見えないんですよねえ(^-^; 。「羊が食べられても構わない(関係ない)」と言っているように見えるんです。でも、なんで「構わない」のか、さっぱり分かりません。羊飼いにとって、羊がいなくなるのって死活問題なのに。
 「関係ない」なら、そもそもナンのためにオオカミ少年に言及しているのかすら分からなくなってしまいます。

 ちょっとまとめますね。
<1>
「オオカミはいない」なら、いないことを論証するべき→そうはなっていない
<2>
「オオカミへの対処は必要だが、オオカミ少年のやり方はまずい(無意味だ)」なら、オオカミ少年がどんな行動を取れば効果的か、という話になるべき→そうはなっていない
<3>
「オオカミに対する対処なんて必要ない」なら、ホントに必要ない(オオカミ少年がいなくても羊は食べられない)ことを示すべき→そうはなっていない
<4>
「羊が食べられたって構わない」なら・・・なんで?

 オオカミ少年のやり方がまずいのなら、それに対して批判があるのは当然ですよね。でも、今の批判の内容は私達が想定できるモノになっていません。
 それで出てきた疑問が「それ、なんのために言ってるの?」なんです。

 ・・・比喩で細かい話をするのは難しいですね(^-^; ヘンなこと言ってしまってたらゴメンナサイ。

投稿: ハブハン | 2009年6月16日 (火) 22時03分

ハブハンさん、おはようございます。

ニセ科学批判って狼少年だったんだねで終了氏は、おそらくかの有名な「ふ○」氏だと思います。FSMさんの”ほたるいかの書きつけ”にも、同じHN同じ投稿がされています。
でもそのつもりで対応されているのでしたら、余計なお世話ですからごめんなさい。

投稿: うさぎ林檎 | 2009年6月17日 (水) 12時00分

うさぎ林檎さん、コメントありがとうございます。

 あいやぁ、言いたいことがあるフリの人でしたか。
 気付いていませんでした(^-^; ご指摘ありがとうございました。

 んむぅ、真剣に受け取って損しちゃった。
 辺境のブログなのでまったく無警戒でしたが、最低限の注意はしておかないといけないですね。

投稿: ハブハン | 2009年6月17日 (水) 22時13分

はじめまして。「TRPGが趣味」という記述に、つい反応してしまいました。
初めて遊んでから早28年、未だにD&Dの文字を見ると心が躍ります。あれ以来、サイコロは6面、ダイスは20面と8面、と記憶が上書きされてしまいました。

閑話休題、最初のエントリからここまで拝読いたしました。
わかりやすくまとめられた、見事なエントリだと思います。また、コメンターに対する誠実な態度、心より尊敬いたします。
これからも勉強させていただきますね。

投稿: 山形ミクラス | 2009年10月25日 (日) 16時18分

山形ミクラスさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

>初めて遊んでから早28年、未だにD&Dの文字を見ると心が躍ります。あれ以来、サイコロは6面、ダイスは20面と8面、と記憶が上書きされてしまいました。

 ににに28年!? 凄い。ほとんど日本のRPG黎明期からじゃないですか?
 私は・・・あ、それでも10年以上は経っていますね(^-^) 私も初体験はD&Dだったのですが、周りの人がずーっと続けているところに無理やり入れてもらったものの、何もできずに終わってしまったのはほろ苦い思い出です(笑) 「大丈夫、やってみれば分かるから」ってだまされたーっ
 まあ、おかげで短期間で鍛えられましたけど。
 社会人になってからはなかなか時間が取れなくなって、遊ぶ回数も減ってしまいました。学生時代が懐かしいです。RPGに出会うのが遅くて、毎週のようにプレイしていたのは最初の1年間くらいなんですよね・・・

 エントリの方もご評価いただいてありがとうございます。
 色々なかたのところで勉強させていただきながら、自転車操業でなんとかやっています(^-^;
 でもまだまだ勉強不足ですので、周回遅れだったり、変なコトを書いちゃったりしていたら、ぜひぜひ、ご指摘いただけると嬉しいです。

投稿: ハブハン | 2009年10月25日 (日) 18時25分

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