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分業のご提案,でしょうか?

 みちアキさんと言う方がお書きになった「それで結局、ニセ科学批判って効果あったんだっけ?」というエントリを拝見しました。私の以前のエントリ「ニセ科学批判」批判を見ていて,いつも疑問に思う事の方に別記事のトラックバックもいただいていますね。ありがとうございます。

<引用開始>
「いや、ニセ科学批判活動は確かに有効なんだよ」ですかね? だったら有効だっつー証拠を見せてー見せてーと思うのだけど、活動をしている側からその有効性を主張する資料が出てきても、それって、「水からの伝言」側が撮った結晶写真みたいなもんじゃないの、という気もするわけで、有効性の判断はおそらく第三者機関に委ねるほかないように思う(ので無理なのであるたぶん)。ぼくが反証を挙げればよいのだろうけど、それも悪魔の証明なので無理なのであるたぶん。
<引用終わり>

 増水する川を前にして,土嚢(どのう)の有効性を論じる事が出来る方の存在はとても貴重だと思います。実際上手い積み方,上手くない積み方ってのはありそう。現場でとにかく土嚢を積み上げる人が必要なのはもちろんですが,その作業の有効性を高めるための検討も,とても重要なものです。
 限りのあるリソース,できるだけ効果的な使い方をしたいですよね。

 是非,「ニセ科学批判の有効性」の評価基準がまとまったら,ご提案いただきたいですね。トップランナーの方たちの役には立たないかも知れないけれど,批判活動全体のレベルを引き上げる効果は期待できそうです。

 あ,もちろん、その評価基準がホントに効果的かどうかについて悩む必要は無いですよ。適用してみればある程度判別つきますし,使っている間に改良していけばいいんですから。

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