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夢を見ている間は幸せなのかも知れませんが

日本テレビのバンキシャで、円天のニュースが流されていました。
 勉強会か何かの場面だったと思います。
「(年率100%の配当などがついたら)誰も働く必要がなくなる。いったい誰がモノをを生み出すのか」といった要旨の記者(おそらく身分は隠していただろうと思います)の突っ込みに、「ロボットがモノを生み出すようになる」と答えていました。
 大笑いした後、ちょっと悲しくなりました。映像の中でその答えを聞いていた周りの参加者たちは、誰一人笑っていなかったのです。集団の中にいると、ここまで分からなくなってしまうものなのですね。

 私たちの常識や想像力は、現実社会の中にしっかりとアンカーされていてこそ機能するものなのだ、という事を、改めて強く感じました。くわばらくわばら。アンカー先を間違えないようにしないと。

 多分、まだ覚めていない方もいらっしゃるのではないかと思います。二次被害を防ぐことが重要ですね。

 番組を見ていて,「認知的不協和」と言うキーワードが頭をよぎりました。これはニセ科学を信じる心にも繋がってくる要素だと思いますので,ちょっとご紹介しておきたいと思います。

フェスティンガーの認知的不協和の理論
<引用開始>
「認知的不協和」とはフェスティンガーの用語で,認知を構成する要素相互の間に,不一致・不調和などの起きる事をいう。
(中略)
認知的不協和が起きると不協和を低減する行動が起きるという。
<引用終わり>

心理学総合案内「こころの散歩道」より1 世の中を見る目、人を見る目(2)認知的不協和理論 
<引用開始>
カタログをいっぱいもらってきて、考えて、考えて、選んだパソコン。さて、買ってしまった後は、広告もカタログも見る必要はないのですが、それでも人は広告を見ます。

しかも、自分が買った商品の広告を選んで!

 他の広告を見て、もしも他のパソコンの方が良いと思ってしまったらどうでしょう。簡単に買い替えはできませんから、「私はこのパソコンを買った。しかし、あっちのパソコンの方が良かった」という認知的不協和状態になります。

 こうなってしまっては困るので、自分の行動が正しかったと思うことができる広告を読もうとするわけです。

 人は、自分の考えに会った、自分に都合の良い情報だけを選んで、集めてこようとするのです。
<引用終わり>

 私の理解は、相矛盾する事柄について、それを解消しようとして都合のよいように捻じ曲げてしまう心の働き、というものだったのですが、これらの説明を見ると、認知の相互矛盾(に対して感じる不安)そのものを指す言葉のようですね。
 それを受けた行動の部分まで含めると、そう外れた理解でもなかったようですが。

 自分の心の不安に対し、それを否定してくれる情報を好んで取り入れる、という説明は、非常に納得できるものですね。
 上で引用した例は、身に覚えがあり過ぎです(^-^;

 さて、ニセ科学を用いた商品は、基本的に効果が期待できないものです。前もチラッと書きましたが、もし劇的な効果が得られるものなら、それを科学的に証明するのはたやすいことで、きちんとデータで示されていない時点で、思い込み又はプラセボを大きく超えるものではないだろうと予想できます。
 にも関らず、利用者の多くが効果を「実感している」ことの理由として、「認知的不協和」はかなり妥当な説明になります。

 その手の商品にはしばしば異常とも思える高値がついています。もちろんお金をもうけたいという動機の表れなのでしょうけれど、認知的不協和に対して、購入したことの正当性を補強しようとする心の動きを強める効果もありそうです。儲かって、しかも顧客の不満が減るのであれば、言うことなしですね。

 また、周りの人に熱心に勧め、広めようとする行為も、多くの人に受け入れてもらうことで不安を解消しようとする行動である、とも解釈できます。

 以前のエントリ「善意には覚悟がいる,ということ」で,口コミを鵜呑みにするべきではない,と言う主旨の説明をしましたが,認知的不協和もまた,口コミにバイアスを与える存在と言えるでしょう。

 陰謀論を信じている人の会話などを見ていると、「これだけ自分の言い分が強く攻撃を受けるのは、それが広まると都合の悪い人がいるからで、自分が正しいことの証明だ」といった類の発言がしばしば出てきます。
 これなんか、認知的不協和の最たるものですね。
「みんなが否定するから、正しい」
 こんな境地に達してしまえば、もう怖いものなしです。

 強い認知的不協和は、周りから否定されればされるほど強固に、頑なになってしまうことがあります。なので、自省がとても重要です。常に自分が間違っている可能性を考慮しておく、という事ですね。

 ちなみに、私は認知的不協和を解消する方法として以下のような考え方を採用しています。
「過去の私の判断は確かに間違っていた。でもそのとき手に入っていた情報で考える限りベストの判断だった。新しく情報が入れば判断が変わるのは当たり前のことだ」
 これも逃げではあるのですが,せめて過去に押し付けてしまうのが、一番周りに迷惑のかからない方法だと思います。

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