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血液型性格判断と差別について

 前回のエントリ「『正しい』という言葉の意味が錯綜している」の追記のようなものです。未読の方はそちらをお読みいただいてからの方がいいかも。

<「正しさ」の意味について>
 前回のエントリの内容,もろに周回遅れでしたorz 2007年07月31日にPSJ渋谷研究所X様にて以下のエントリがアップされています。
2つの「正しさ」とニセ科学

 はてなブックマークのコメントでご紹介頂いていました。kamezoさんありがとうございます。

 また,jura03さんよりいくつか応答としてのエントリを挙げていただいております(多分全て関連したエントリだと思います)。内容への言及はヤメておいて,簡単な感想だけ書いておきます。

「長い返答」
 内容は大体理解できました。賛同しがたい部分はもちろんありますが,問題意識の所在も,それを問題と感じる理由も分かります。
 まあ,「正しさの意味」の部分にはご賛同いただけたのかなあ。そこが切り分けられている&具体的なので,分かり易いと感じたんだと思います。

「もっと簡単に言うと」
 ええと,多分簡単には言わない方が良いと思いました(^-^; このエントリの内容を,ひとつ前のエントリの要約として解釈するのはかなり難しいです。

「平板な理屈の使い方」
 問題について,様々なレイヤーで考えを煮詰めておくことは,もちろん有用だと思います。刃物を振り回す人間に「人を殺してはいけない」と言ったり,みんなで取り押さえたりするのとは別に「なぜ人を殺すのはイケナイことなのか」ということについて考えておくことが有用なのと同じく。

<差別について考えてみる>
 さて,差別の問題については良いキッカケなので,独自にちょっと考えてみたいと思います。勉強が足りないので根拠のない思いの垂れ流しになってしまいます(※1)が,私が私なりに差別性などを問題にする時にはこう考えている,というものです。

 私が差別について初めて強く意識したのは,高校卒業の後でした。恥ずかしながら,それまで意識することは無かったし,更に恥ずかしながら,日本には差別がない(非常に希薄だろう)とすら思っていたのでした。教科書に書かれているようなことは過去のもので,自分の生活に結びついていると言う実感が全くありませんでした。

 卒業後に友達から地元の部落についての話を初めて聞いて,ショックを受けたものです。学校でのイジメなどはもちろん多少ありましたが,その中に差別意識と結びついているモノも混ざっていた,というのもその時に知りました。ホント無知でした。
 その後,日本にも厳然として差別は存在しているのだ,と言う認識にはなったのですが,まだまだ勉強不足で,差別に関するいろいろな方のコメントを読んでいて,ハッとすることが多いです。

 そうやって認識を更新している最中の私から見て,血液型性格判断の差別性に対する人々のスタンスの大きな差は,考え方の出発点の違いから生まれているように思えます。

 私の(今の)出発点は「人間は素のままに育ったら差別をする生き物だ」です。
 差別は本来的に存在するもので,それを社会的な洗練と教育によって無くしてきた,と思っています。だから,差別の恐れがあるものに対して,実際に差別が問題になっているかどうかに関らず注視し,声を上げることは大事だと思っています。差別している人たちの大半は「差別しよう」と意識して差別しているのではなくて(※2),差別をなくす(あるいは予防する)為にはその存在をまず意識させておくことが必要。

 一方,血液型性格判断の差別性を低く見ている方のベースは「人間は素直に育ったら差別なんかしない生き物だ」という認識に見えます。「確かに差別的な要素は含んでるかも知れないけれど,このままいけばそんな大した差別には結びつかないだろう。大げさだ」というのが考えの骨子の様な気がしますね。おそらく差別の発生は確率的なもの,と思ってらっしゃるんでしょう。

 血液型性格判断については既に差別は存在しているわけで,私は決して軽い問題だとは思いませんが,まあホロコーストなどに比べれば軽い,と言う見方もあるのでしょう。
 しかし血液型性格判断による差別が,人種や民族による差別よりも軽微なものであったとしても,軽微なりに批判するのはなんら問題ないでしょうし,それに加えて,これ以上差別が浸透しない為にも注意を促す意味はあると思います。

 冒頭にも書いた通り私は不勉強なので,自分の考えの根拠を「教科書の○○ページ」などと言って示すことはできません。でも自分の認識もまだまだ甘いのかもしれないという恐れをもっている私にとって「大した問題じゃない」と言ってしまえる人たちの根拠には,スゴく興味があります。

<注釈>
※1
 つまりいつも通りですね(^-^;

※2
 極端な例をひとつ(極端すぎるかもしれませんが)。

 「イヌに参政権を与えよう」と聞いたら,どう感じますか?

 差別者,あるいは自分は無関係だと思っているヒトが被差別者の権利について考える時の意識は,これに非常に近いのではないか,あるいは少なくとも同じ方向を向いているのではないかと想像しています。

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コメント

こんにちは。
今のところ私は、ニセ科学問題言及者に反発される御方の心理とは、次のようなものと想像しています。
「…分かった。科学の権威は受け止める。しかし、あなた達の正義の押し付けは、お断りだ。私は、現状の自由を気ままに謳歌したい。」
私自身が、ニセ科学問題を外から眺めているだけの立場だったら、やはり似たような意見を持つのかもしれないと、考えます。

私は最近、対話の仕方について興味を抱いています。
意見の違う人と会話をしていると、「多少時間が掛かっても、この人とは共通理解に達したいものだ。」と考える時があります。
その時は、相手の立場と相手の目線で考えてみる。離れた場所から、自分の姿を見てみる。こうする事により、共通理解に至る近道が発見できるはず。そう今は、考えている次第です。

ただし、いつまでたっても不思議な意見を返してくるABOFAN氏のような御方ならば、遠くから眺めているに留めます。
私には、あのような御方と何かの共通理解に達するものとは、現時点で想像することが出来ませんでした。
「ほたるの書きつけ」様のコメント欄に、ABOFANさん御本人が登場なされていますが、あの御方のコメントを理解できる人って、誰か居るのかしら?(私には無理でしたorz)

意見が平行線を辿った時、まだ対話が続けられそうか、それとも途中で諦めるしかないのか。その見極めが、私には難しい…(-_-;ウーム。

投稿: TAKA | 2009年6月 6日 (土) 00時06分

 TAKAさん,こんにちは。コメント有り難うございます。

>「…分かった。科学の権威は受け止める。しかし、あなた達の正義の押し付けは、お断りだ。私は、現状の自由を気ままに謳歌したい。」
>私自身が、ニセ科学問題を外から眺めているだけの立場だったら、やはり似たような意見を持つのかもしれないと、考えます。

 科学を守ろうとする行動は,科学の権威を押し付けようとする行動と区別が付きにくいものなのかも知れませんね。
 大げさにいえばこれは,科学を選択するか,否定するかという話であって,科学の権威ではなく,科学の実利をどう評価するかということなんですが,それがあんまし伝わっているような気がしません。
 「現状の自由」が科学を基盤に成り立っているってこと,分かりにくいんでしょうかねえ。

>意見が平行線を辿った時、まだ対話が続けられそうか、それとも途中で諦めるしかないのか。その見極めが、私には難しい…(-_-;ウーム。

 最初から平行線ならまだいいのですが,一見議論が進行しつつ,ループに陥るとゲンナリしちゃいますよね。
「・・・おい,あの岩,少し前に見なかったか」
「もしかして,同じ場所をぐるぐる回ってる?」

 合意した点と合意していない点を明確にする人,そして合意した点を前提に話を一貫させられる人とは,一定の結論が得られるのだろうと思います。この点は私も全く自信がありませんけど(^-^; 少しずつでも議論のスキルを磨いていきたいです。相手をゲンナリさせちゃうコトを少しでも減らせるように。

>「ほたるの書きつけ」様のコメント欄に、ABOFANさん御本人が登場なされていますが、あの御方のコメントを理解できる人って、誰か居るのかしら?(私には無理でしたorz)

 私にも無理でしたorz FSMさんにはホントにお疲れさまとしか言いようがないです。
 ABOFANさんと渡邊さんの「ABOFANへの手紙(http://www.obihiro.ac.jp/~psychology/abofan.html)にも一渡り目を通したのですが,それと比べると明らかに理解不能な方向に変化してきていると思います。
 失礼な感想かもしれませんが,チキンレースを見ている気分になります。大事なモノをどれだけ多く捨てられるかという。

 「相手が能力不足で理解できなかったのだ」という優越感を積み重ねるのは気持ちいいモノなのかも知れません。相手の理解を得ることは多分もっと気持ちいいのですけど,それが金輪際得られないと思ったら「無理解」を得ることに走ってしまうのでしょうか。
 書き込みをしている人たちがどんな気持ちでキーを叩いているかを想像すると,なんともやるせない気持ちになってしまうコトが時々あります。

投稿: ハブハン | 2009年6月 6日 (土) 20時33分

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