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「無知の知の無知」

 「無知の知」は有名な言葉です。「自分が無知であることを知っている人は、自分が知っていると思い込んでいる人よりも賢い」くらいの意味で使われますね。
 確かに自分が無知であることを知るのって難しいです。目の前にある知と比較して自分が無知であることを発見することはまだしも可能なのですが、そういった比較対象無しに自分が無知であることを自覚するのは至難の業。「自分は無知である」と自覚できている人って、やっぱりすごい人なのだろうと思います。

 ですが「無知の知」という言葉が有名すぎて、世間にはどうやら「無知の知の無知」がはびこっているように見受けられます。「『自分が無知であることを知っている』,と思い込んでいる」人が多く存在している、ということ。
 「無知の知」という言葉を知っていると、自分が無知だという自覚がなくても「自分は無知だ」と言ってしまえます。

 ある言葉(概念)を知ったときに、その言葉の適用について慎重でないと、多分「そんな言葉知らないほうがマシだった」的な状態に陥ってしまいます。それがあからさまに現れるのが「無知の知」という言葉だなあ、と感じます。

 最近、「認知的不協和」が乱用されているのをたまーに見かけます(※1)。少なくとも議論において当事者が使用するのは不適切な言葉、だと思います(※2)。

<注釈>
※1
 「認知的不協和」の概念によって、認知的不協和が強化されてしまっているように見えます。

※2
 こう書いておいて、自分で使ってしまいそう(^-^; あまりにも明白に見えるケースって有りますよね。でもそれが正解である場合と不正解である場合の区別は、当事者にはつけられないのだろうと思います。

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