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揶揄は楽しくなんかない・・・んだけど

 自分の中で答えの出ていないことを,グダグダと書いてみようと思います。

 考え始めたキッカケは,kaqu11さんのブログ不連続な茶飲み話の,以下の一連のエントリ。

1.にくきもの 急ぐことあるをりに来て、長言するまらうど。あなづりやすき人ならば……

2.隠喩揶揄

3.(7/12追記) Re: お返事

4.個人的なまとめ

 一番最初のエントリより引用します。

 ところが、どうもネット上でのニセ科学批判の様子を見ていると「揶揄」や「集団での非難」そのものが目的となってしまっているような印象を受けてしまいます。娯楽になっているのではないかという感想を抱くこともあります。
 もちろん、人の心は見えません。楽しんでいるように見える人であっても、実際は心を鬼にして、我慢に我慢を重ねて無理やりにでも揶揄する文言をひねり出したり誰かの尻馬に乗ったりしている場合もあるのでしょう。
 しかし私にはどうしても、揶揄すること・尻馬に乗ること自体を目的としてしまっているように見えてしまうことがあります。

 私も揶揄表現をアチコチで頻繁に目撃します。もっとも,その時に私が感じるのは,揶揄する側の苛立ちや諦観だったりするのですが。

 「揶揄」って言葉。言葉自体がネガティブな意味を含んでいるものです。辞書で調べてみると、「からかうこと。なぶること。嘲弄(ちょうろう)。」_Yahoo辞書_大辞泉
 揶揄した時点で、やりとりの直接の相手はもちろん、それを見ている第三者に悪印象を与えることは避けられません。

 でも、揶揄は使われます。悪印象を与えるにも関わらず使われるのは、それを上回る効果があると考えられている、からでしょうか。

 どんな効果があるのかな。チョット考えて見ました。

(1)マトモに議論できる相手ではないことを第三者に強くアピールする
(2)相手の主張に非同意であることを強くアピールする
(3)相手を感情的にさせて、ホンネを引き出す
(4)相手を感情的にさせて、議論を有利に進める
(5)やりとりを終わらせる
(6)同レベルの議論を吹っかけてきそうな相手を思いとどまらせる。
(7)鬱憤を晴らす
(8)見ている人をスカッとさせる

 これ以外にもあるかも知れませんが,私に思いつくのはこんなところです。

 私もこのブログの一部で揶揄を使っています。それは相手に対する非難と嫌悪を示すためのモノで、(2)に該当するのかな。でも、揶揄抜きで非難はできたでしょうし、第三者に対する印象も良くないものでしょう。(7)あたりの個人的な感情が入っていないとは言えないし、良くない選択だったのかもしれません。

 でも、どんな言い方をしても通じない相手に対して、どうやったら言葉を届かせられるかを考えていると、「揶揄すること」も、その選択肢に入ってくるんですよね(※1)。
 もちろん揶揄が相手のココロに届くなんて可能性は、ほとんど無い事は分かっているんですけれど、それが有力な選択肢になってしまうほどに、議論が八方塞、というよりは,そもそも議論になっていない状態で、諦めと苛立ちと悲嘆の中から,揶揄などというシロモノが飛び出してくるような気がします。実感です(^-^;
 少なくとも私が出入りしている場所では,キチンと議論が成立している時に揶揄を見たことは一度もありません。

 よそ様を拝見していて揶揄に出くわしたとき、流れをアタマから追っている場合には、ごく自然に受け入れられます。別に支持するつもりはないけれど,了解はできます。
 じゃあ、やりとりをイチから追わずに揶揄の箇所だけを目撃した場合はどうかというと、これはもう悪印象を抱かずにはいられないわけです。

 それまでどんなに誠実な受け答えをしていたとしても,苛立ちのあまり揶揄を持ち出した途端に批判が起こる(※2)。
 これが開かれた場所で、揶揄と言う手段を用いることの難しさなのかな。

 全体の流れを読まずに揶揄だけを読んで悪印象を抱くのは、香辛料を直接舐めて「辛い!!不味い!!」と言うようなもの。ではあるんですが、インターネットの仕組みではそれが不可避の現象として発生してしまいます(※3)。「つまみ食いするな」では解決しない。のかも。

 ならどうすれば解決するのか,には答えを見つけていないので,これで終わりですw
 グダグダと書いてみようと思って書いたら,見事にグダグダになりました(^-^;

<注釈>
※1
 議論の成立を諦めた後の選択肢,ですね。

※2
 普段温厚なヒトが怒ると,「あんな温厚なヒトが怒るくらいだから,よっぽどなんだろう」と思ってもらえます。
 同じように,誠実な論者が揶揄を使うと「あんな誠実な論者が揶揄するくらいだから,よっぽどなんだろう」と思ってもらえる・・・とは限らないわけですね(^-^;

※3
 インターネットがもつ利便性の大半は,強力な検索機能によってもたらされている,というのが私の印象ですが,情報のつまみ食いが発生するのは,強力すぎる検索機能によるものなのかもしれず,考え始めると難しいです。

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コメント

今晩は。

さっきこちらを読んで、追記や続きがある事に気づきました。感謝です。

こちらのエントリーに賛同します。でも、どう解釈しても、それが常に、正当化と看做される可能性はあるんですよね。

投稿: TAKESAN | 2009年7月17日 (金) 01時28分

気になったので、少し考えました。

…うむ。私もkaqu11さん同様、揶揄はいけないと思う。どんな時でも、冷静で居るべき。詐欺っぽい人にも、ニコニコ笑顔で返すべき。

ちなみに私は、「笑顔で近づいて来る知らない人」が、大好き。うまい話も大好き。その人を信じて、すぐに契約書に判子を押してしまう。
そんな私を、厳しく忠告する人は、大嫌い。私は常に、お花畑に居たい。

そう、私はお嬢様。私はお坊ちゃま。優しく扱って。都合の良い話を聞かせて。あたしを救って!僕のすさんだ心を、誰か癒して!私は闇!出口の見えない、暗黒の地底湖!
・・・・・
とりあえず、こんな感じです。

kaqu11さんの望むような議論って、もしかしたらニセ科学ビジネスの人が、一番望んでいるのかも?

投稿: TAKA | 2009年7月17日 (金) 16時25分

TAKESANさん,こんにちは。

>さっきこちらを読んで、追記や続きがある事に気づきました。感謝です。

 あら。時宜に遅れたエントリだと思っていましたが,お役に立てて良かったです(^-^)

>でも、どう解釈しても、それが常に、正当化と看做される可能性はあるんですよね。

 そうですね。その通りだと思います。私のこのエントリも、仲間の馴れ合いだとか、擁護だとか思われてしまうのかなあ。

 私自身は,揶揄を含めたネガティブな表現を選択肢としては捨てていませんし,他の人が使うことも,否定するつもりは全くありません。肯定するつもりもありません。やっぱ内容ですよね。

 揶揄って,少なくとも私がニセ科学批判に関連して目撃するモノのほとんどは,言いたいコト,伝えたいコトの延長線上(あるいは手前)にあるものだと感じるんですよね。伝えたいコトが無ければ揶揄なんかせずにスルーするだけですから。
 そのことが,対話の相手のみならずギャラリーにすら伝わっていないのが,もどかしくて悩ましいです。

投稿: ハブハン | 2009年7月18日 (土) 20時44分

 TAKAさん,こんにちは。

>kaqu11さんの望むような議論って、もしかしたらニセ科学ビジネスの人が、一番望んでいるのかも?

 kaqu11さんが望んでいるというよりは,kaqu11さんは敢えて,そういう望みを抱いているヒトを代弁してくれているのだろう,と私は想像してます。違うかな(^-^;
 多分それは「好き嫌い」でモノゴトが判断される世界で,これが,私が声を届かせたいと思っている人たちの,一般的な考え方なのですよね,多分。
 kaqu11さんのお書きになっていることは,それをかなりリアルに再現なさっておられるのではないか,だからあたかもご本人が好き嫌いで仰っているように映るのではないか,と。

>ちなみに私は、「笑顔で近づいて来る知らない人」が、大好き。うまい話も大好き。その人を信じて、すぐに契約書に判子を押してしまう。
>そんな私を、厳しく忠告する人は、大嫌い。私は常に、お花畑に居たい。

 ちょwww 判子はダメw

 昔,「知らないヒトに声をかけられたら逃げるように」という小学校の指導が問題になったことがありましたね。今では当たり前になってしまいましたが。
 知らない人が自分に笑顔を向けてくれたコトを,喜べるようになりたいです。
 ヤバい話は,笑顔以外のところでキチンと見極めが出来るように,私ももっともっとガンバリます。

投稿: ハブハン | 2009年7月18日 (土) 21時02分

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