情報「発信」リテラシー
今日は独り言です。
インターネットが普及し、世界には膨大な情報が溢れ、一般の人が気軽にアクセスできる環境が形成されてだいぶ経ちます。そして,一般の人が気軽に情報発信(※1)するスタイルももう当たり前の社会になりました。
一昔前には不特定多数に自分の意見を伝える手段は、新聞や雑誌への投書など,ごく限られたモノしかありませんでした。今は日記感覚で文章をつづり、公開できます。
「情報リテラシー」という言葉を聞いたときに、私はまず情報の受け手としてのリテラシーを頭に浮かべます。
でも、ブログを運営している立場の人間として,発信者としてのリテラシーについても考えていかなければならないのかな、と思っています。
情報リテラシーについて調べてみると、やっぱり情報を収集し,取捨選択し,活用する能力,という意味で使われていますね。
1.ウィキペディアの「情報リテラシー」
2.IT用語辞典の「情報リテラシー」
3.情報通信白書13年度版第1章II 第7節
私の考える発信者のリテラシーは、情報リテラシーの裏返しです。
つまり,受け取り手が(最低限のリテラシーしか持っていなかったとしても)取捨選択し,評価し,活用できる様な形で情報を提供する能力(※2)。
そんな文章を書けるようになりたいと思いつつ,先は長いです。
先ほど「日記感覚」と書きましたが、もちろんそれで問題ない場合が大半だと思います。でも内容によっては,発信しようとする人にそれなりのモノが求められる場合もあります(※3)。
現在,マスコミには様々な批判が寄せられていますが、その延長線上で,一般の情報発信者に対して批判が向けられるケースも、今後さらに増えていくのでしょう(※4)。
<注釈>
※1
私には「発信」という表現でしっくりくるのですが,辞書的な使い方ではないようです。もし分かりづらかったらごめんなさい。
「受け取り手がいる事を想定した,伝達を想定した情報の公開」くらいのニュアンスで使っています。
※2
考えてみればマスコミ相手にはこれを当たり前に求めてきたわけで,情報の発信者にも(限定的にしろ)同様の事が求められるのは,当然と言えば当然ですね(^-^;
※3
「いいじゃん,私のブログで私が好き勝手に書いているだけなんだから。放っといてよ」と言える範囲には限りがある,ということです。
※4
私は,今はまだ過渡期で,この先,更に情報の肥大化&流動化&成熟化が進んだ世界が待っていると思っているのですけど,実際はどうなんでしょうね。実はもうピークを越えていたりして(^-^;
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