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ホントに社会的側面が見えてないんだろうか

「で、みちアキはどうするの?」 _科学もムーも学研

子供のころって、あったじゃないですか。ピラミッドとかテレパシーとかテスラコイルとか。マヤ文明とか雪男とかポルターガイストとか。そういうのにときめく季節があると思うんですけど、いずれ来る/来たわけです。サンタクロースの後に。夢破れる時が。そして彼は深く深く傷つけられつつも、それらを捨て去ることになる。

やがて大人になって、反動で彼は科学の人になってます(本職は稀ですが)。それから、そこへ来て彼は目にすることになるのです。水伝とかマクロビとかホメオパシーとか。ID論とか脳トレとかマイナスイオンとか。そして、爆発する。お前ら!よくもそんな程度で!!この俺に!!!軽々しくホンモノを名乗ってくれるんじゃねえ!!!!と。ふざけんな、と。もっとマシなネタ持って来やがれ、と。

かのひとたち、の、ニセ科学に対するある種執拗/過剰とも思える追求・攻撃や怒りの表出は、こういったところに根を持つんじゃないかなーと思ってます。心の底にある捨て切れなかった想いや、まるでいまだ子供であるかのように易々と境界を飛び越えていってしまう連中への憧れや恨み・やっかみの混じったような感情も、そこには存在するわけです(だってラノベ好きだったり、ラノベ書いてたり、するんだものねー)。

 違います。

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「ニセ科学批判」批判について」カテゴリの記事

コメント

私も「違うのでは?」という感想を抱きました。
ニセ科学問題に関わる人には、それぞれの背景がある訳ですから、一概に「夢破れた子供の成れの果て」と表すのも、単純に過ぎますね。
しかし、リンク先のブログ主さんとしては、「本質を突いている」という結論で、落ち着いたのでしょう。

ニセ科学界隈の話題を丁寧に追った記事を書くなんて、時間もかかるし面倒です。それよりも、自分の印象だけで物事を語るほうが、賢くも効率的なブログ運営と言えます。

そういう私も、物事の奥底を深く追及することなど出来ません。というわけで、
「かのひとたちは、『ニセ科学は社会問題です』などと言っているけれど、ただ単に科学無知を笑いたいだけでしょ。」
「おや、私の認識が浅いですって?…そうやって、むきになって反論するところなどが、実に怪しい。うんうん。」
と一人で頷いている方が、頭を使わないので楽です。
しかも、「椅子に座っているだけで、世界の本質を見抜いてしまう千里眼の賢者」という自分の姿を、手軽に演出することが可能です。

もっとも、「漠然とした印象を語るだけで、周りの読者たちが賞賛して拝んでくれるのか?」と言われると、どうにも自信がありません(-_-;。

投稿: TAKA | 2009年10月25日 (日) 04時29分

おはようございます。

”科学の人”ってどんなひとでしょーねー?どんな妄想が浮かんでいるのか・・・全然興味はありません。

>だってラノベ好きだったり、ラノベ書いてたり、するんだものねー
事実と空想を一緒くたにしてもしようがないんで、この人にとってはその程度のことだという問題認識って事ですね。

ま、定期的に湧いて出ますね、こういう”妖怪どっちもどっち”な方は。

投稿: うさぎ林檎 | 2009年10月25日 (日) 09時37分

TAKAさん、こんにちは。

 あまりの外しっぷりに、つい突っ込みを入れてしまったのでした(笑)。

 ナニか具体例に基づいていれば、「ああ、こりゃ確かにそう見えるわなあ」くらいの賛同は示せるかもしれないのにね。
 と言うか、メタな総論(のみ)による執拗な言及は、逆に科学に対するルサンチマンを読者に感じさせてしまうかもしれないことを、もうちっと考慮した方がいいんでないかな、などとお節介なことを思ってしまいます。

>漠然とした印象を語るだけで、周りの読者たちが賞賛して拝んでくれるのか?

 そういう読者が意外に多いのかもしれない、という漠然とした不安はありますね。ニセ科学商売の大半は、「印象」で商売しているように見えます。
 また、自分の中で既に結論を持っていて、それに合致する文章だけを取捨選択するタイプの人にとっては、印象さえ合えば良いのかもしれません。

 って、私も印象だけの話になってしまっていますね。すみません(^-^; 

投稿: ハブハン | 2009年10月25日 (日) 11時45分

 うさぎ林檎さん、こんにちは。

>>だってラノベ好きだったり、ラノベ書いてたり、するんだものねー
>事実と空想を一緒くたにしてもしようがないんで、この人にとってはその程度のことだという問題認識って事ですね。

 私は確かに、ラノベは好きですね(笑) 同じくらいマンガも好きだし、推理小説も好きだし、ホラー小説も好きだし、ノンフィクションも、ファンタジーもSFもスチームパンクも好きですけど。
 それぞれに良いところを見つけて、それぞれの楽しみ方ができるとシアワセですよね。たぶん「ラノベなんて」って言う人よりもシアワセ。
 だから、リンク先の文章でラノベが引き合いに出されているのが、実はピンと来なかったりします。

>ま、定期的に湧いて出ますね、こういう”妖怪どっちもどっち”な方は。

 評論家の気持ちよさがあるんでしょうかね。もしくは居酒屋での政治批判の気持ちよさかな。どちらにしても、分からないことは無いですけど、「分からないことは無い」だけですねえ。

投稿: ハブハン | 2009年10月25日 (日) 12時05分

こう云うのを読むと逆に、「みちアキさんは架空の『ニセ科学批判者像』を批判することでなにを得ようとしてるのだろう」みたいな推測を書き連ねたくなる欲望に駆られますね。やらないですけどbleah

投稿: pooh | 2009年10月26日 (月) 07時56分

こんにちは。

昔で言えば床屋政談みたいなものでしょうかね。

と書きかけて間違っていたらいかんなと思い「床屋政談」の意味を確認しようとしたら、”全国理髪師組合が「床屋政談」を貶めないで”と抗議されているそうなので、否定的な意味で引用したらいけませんね。
因みに、”国家資格「床屋政談士」を制定し取得者のみ床屋政談を可能にする法整備を政府に訴えていきたいとしている”んだそうです(洒落でしょうけど)。

これからは、BBS政談・Blog政談でも意味は通じそうですね。

投稿: うさぎ林檎 | 2009年10月26日 (月) 12時48分

 poohさん、こんにちは。

 じゃあ、私が推測してみましょう(爆)
 そうですね、さしづめ「科学者になりたい」という夢が破れた人の書く文章、かな。こんな感じ。
「お前ら!よくもそんな程度で!!この俺に!!!軽々しく『ニセ科学批判者』を名乗ってくれるんじゃねえ!!!!と。ふざけんな、と。もっとマシなネタ持って来やがれ、と。」
 もちろん、ただの憶測です。

 要するにみちアキさんのエントリは、私の目には「文句を言いたいだけ」に見えてしまっているわけですが、みちアキさんにしてみればニセ科学蔓延防止の活動を行っている人たちこそ「文句を言いたいだけ」だと思っているのかもしれません。
 そうならそうで、やっぱり具体的な例をもとに理由を説明してもらえれば、賛成/反対は別に、理解し、かつ尊重できると思うのですけれど。

投稿: ハブハン | 2009年10月27日 (火) 23時15分

 うさぎ林檎さん、こんにちは。

 「床屋政談」で検索してみました。ジョークページ、なのかなあ。ちょっと分かりづらいページですね。

 「中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描」(ちくま学芸文庫 阿部謹也)という本(だったと思います。すみません、今手元に無いので)を読むと、中世ヨーロッパでは公衆浴場が情報収集や政治的活動の拠点としてとても大きな役割を負っていたことが紹介されていてビックリします。
 人が集まるところ=情報収集や政治活動の拠点、と言う構図は今より遥かに強いものだったのでしょう。

 日本の居酒屋や床屋はそういう機能を失って久しい・・・のか、それとも昔からこんなものなのか(^-^; その役割は日々のストレスのはけ口、と言ったトコロでしょうか。
 それはそれで有用だとは思うんですが、まあそれだけのものですよね。「床屋政談」は、政治活動ではない。

 えーと、「日本理髪師組合」のみなさん、ごめんなさい(笑)

投稿: ハブハン | 2009年10月27日 (火) 23時43分

 出張から戻ってきて,直接本を確認できたので,該当箇所を引用しておきます。
 「中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描」(ちくま学芸文庫 阿部謹也)初版P.90より。

<引用開始>
 こうした例からも推測されるように,中世の共同浴場は居酒屋と同様市民や村民の社交場であり,特別な「平和領域」であった。そこではいかなる暴力も禁じられ,犯罪者もその内部で逮捕されてはならない「自由」な場所であった。当然そこでは人びとは気を許して語り合い,会話はG.ツァッペルトがいうように,ときに鋭い政治的色彩を帯びた。一五一八年にガイラー・フォン・カイザースペルクは「まるで共同浴場でおこなわれているように聖なる秘蹟を嘲弄するユダヤ人や悪しきキリスト教徒がいる」と警告しているし,一六世紀初頭の説教では「共同浴場にいる者は神に背き,皇帝に背を向ける異端の輩だ」と述べられている。実際一五二六年六月にはヴァルタースハウゼンの浴場主ハンスはラインハルズブルン修道院を襲撃した首謀者として訴えられている。各地で浴場を中心にして一揆の計画が練られていたと考えられるのである。
<引用終わり>

 この本では現代でも存在する様々な職業の,現代とは全く違う態様が描写されていて,とても面白いです。
ええっ,水車小屋の粉引きが?そんな!とか,
ええっ,パン屋ってそんなだったのか!?とか,
ええっ,居酒屋でそんな事が??とか。

 私の想像力なんて,自分の中の「常識」を大きく越えるものではないんだなあ・・・としみじみ感じた一冊でした。

投稿: ハブハン | 2009年10月31日 (土) 21時10分

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