そんなツモリはないのにニセ科学扱いされちゃう理由
ニセ科学側の人を見ていると、「ワタシ、ひと言だって科学なんて言ってないのに、なんでニセ科学扱いされにゃならんのだっ」というウラミをひしひしと感じたりすることがあります。
血液型性格判断を信じるのは、みんなでわいわい盛り上がるのが楽しいだけ。
マクロビをやってるのは、安心でおいしいものを食べて健康になりたいだけ。
別に「科学」だなんて思ってないし、言ってないもん。
でも、世間の評価は「ニセ科学」。
自分の信じているものを否定され、あまつさえ批判されちゃったりします。もしかしたら、どういう言動がニセ科学と見なされるのか、という認識にずれがあるのかも。
そこで、こんなコト言うと、ニセ科学扱いされちゃうかもしれませんよー、というのを、ちょっとまとめてみたいと思います(一部トップエントリの焼き直しですが)。
<本質は装うこと>
ニセ科学とそれ以外を分ける基準は「装う」ことにあります。「科学」ではないのに「科学」を装っているから「ニセ科学」。
「だからっ、別に装ってないってば!」
うん、でもね。
世の中には「科学では分からないコト」「科学には言えないコト」があるのと同様に「科学でしか分からないコト」「科学にしか言えないコト」があります。
科学でしか分からないはずのことを、さも分かったかのように言ったりすると、やっぱり「装っている」となってしまうのです。
以下のいずれかの基準にずれがあるために、そのツモリが無いのに結果的に装ってしまっているのかも知れません。
(1)何が科学(的)で、何が科学(的)では無いのか
(2)装うとはどういう行為のことなのか
<様々な「装う」>
「科学」を「装う」行為には、レベルの違ういくつかのケースが考えられます。たいていの場合は一緒くたに行われていますけど。
(1)科学的な妥当性を装う
科学的に妥当であると認められていないのに、認められているかのように装う行為。「立証された」とか、「○○理論を超えた!(※1)」とか。
(2)科学的な活動を装う
科学的手法に基づいて研究されていないのに、研究されているかのように装う行為。「続々と新事実が!」とか、「学会で反響が!」とか。広く捉えると「近い将来認められるようになる」という言動も含まれますね。
(3)科学の適用範囲を装う
科学的に妥当とされている既存の理論の、適用範囲を逸脱する行為。「この石鹸は量子力学に基づいて・・・」とか、「タキオン粒子(※2)でヒーリング」とか。
(4)科学的なイメージを装う
科学を明確に謳うことはしないが、科学用語や科学をイメージさせる用語や言い回しを使う行為。「波動」とか「イオン」とか。
(5)科学的な効果を装う
科学的な理論もイメージも持ち出さないが、効果だけは証明されているかのように装う行為。
例えば、「科学的に立証されているワケではありません。でも確かに効果があるんです!」というセリフ。
「確かに効果がある」は、科学的な検証を経ないと言えない部分なんです(※3)。
他にも考えられそうです(※4)けど、大まかにはこんなところでしょうか。本人に自覚が無いのにニセ科学扱いされる場合は、これらのうち4番目だとか5番目だとかで引っかかってるケースが多いんじゃないかな。
<伝えることに伴なう責任>
自分が信じているものにケチをつけられるのは、気分が悪いもの。でも、自分ひとりで信じているだけなら、ダレからも咎められないし、そもそもニセ科学でもありません。ニセ科学に昇格する可能性が出てくるのは、他人に広めようとしたとき。
自分が信じているんだから、客観的にも正しいんだと思いたい。良いものをみんなに伝えたい。その気持ちも分かります。でも、他人に伝えるというのは、他人に影響を与えるというコト。そこでは、自分の気持ちよりも大切にしなきゃいけないものが、多分あります。
<参考>
ニセ科学批判まとめ %作成中のサイト内にあるニセ科学の定義
Y.Amo(apj) Labのサイト内にあるニセ科学とはナニか
<注釈>
※1
「○○理論を超えた!」というのは、○○理論よりも妥当性が上である、という意味を含んでおり、○○理論の妥当性が高いほど、より強い(科学的)妥当性を主張していることになります。逆に、◯◯理論が科学理論でないのなら、科学を装っているとは見なされないかも(^-^; 「治療エネルギー理論を超えた!」とか。
※2
タキオン粒子が科学的に妥当かどうかは措いといて・・・って、措いといちゃダメか(^-^; 実在が確認されていない以上、正しいかどうかは検討課題ですが、少なくとも既存の理論からそういう存在を推論するトコロまでは妥当でしょう。
※3
それまで、何をやっても治らなかったアトピーが、○×化粧品を試したとたんに劇的に回復!お肌もツヤツヤのモチモチ。スッピンで出かけるのが苦にならなくなって、鏡を見るたびにシワが消えていく肌。楽しい毎日。
こんな経験をしたら、○×化粧品に「確かな効果がある」ように思ってしまうのも無理はありませんよね。もちろん、特定個人には「確かな効果がある」のかも知れません。
でも、他のヒトにも同様に効果があるかどうかは別。
(1)誰にでも効果があるモノほど、
(2)強い効果があるモノほど、
それを科学的に確かめるのは容易になります。にも関わらず確かめられていないのであれば、
(1)ごくごく一部のヒトにしか(あるいは誰にも)効果が無いのではないか、
(2)ごくごく弱い効果しか(あるいは弱い効果すら)無いのではないか、
と、考えられるわけです(確かめられていないのに劇的な効果があったりしたら、むしろ副作用が心配ですが)。
自分に効果があった(様に思える)から正しいと考え、安易に広めるのは、マズイです。
※4
一般に妥当と見なされている理論を根拠なく「妥当でない」「反証された」と吹聴する行為、などは省きました。
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コメント
装う、装わない以前に、“説”を利用して金を儲ける人間がいるから、いかなる例でも基本的には――いやいやながら――切り分ける必要が生じてしまうのではないでしょうか。残念ですが。
投稿: Gueed | 2010年1月25日 (月) 22時00分
Gueedさん、こんにちは。
そうですね。お金儲けのためにニセ科学を利用しているヒトによる積極的な広報と、善意のヒトによる伝言ゲームが、ニセ科学蔓延につながる大きな要素なのかな、と思います。
確信犯的なヒトは如何ともしがたいですが、せめて、知らずに手を貸してしまうヒトが少しでも減ってくれるといいですねえ。
投稿: ハブハン | 2010年1月26日 (火) 22時29分
今晩は。
(4)と重なりますが、
・科学によって初めて見出された概念、創造された語を用いる
というのもありますよね。「(ABO式)血液型」性格判断とか。力やエネルギーなど、日常的に比喩的にも用いられる言葉と違い、科学的概念以外と認識される事がほとんど考えられない場合、ですね。つまり、血液型が生化学的概念というのは共通了解である、と。
尤も、最近は、「裏血液型」という意味不明なものも出てきていますけれど。まあ、ABO式血液型を指している場合は、ほぼ同じように認知されるでしょうね。
投稿: TAKESAN | 2010年1月29日 (金) 00時59分
TAKESANさん、こんにちは。
科学用語を、定義どおりに使っていればなんの問題もないのだけれど、定義から逸脱した使い方をする、あるいは受け取り手が誤って解釈するように誘導する部分があると、やっぱり批判の対象になるでしょうね。
「進化」のように、すでに一般用語として広く認知されていながら、科学の定義から大きく逸脱した使われ方をしているモノは、扱いが難しいですねえ。こういった交錯は、その用語が有名になっていく過程で(意図的な悪用がなくても)不可避に発生しそうな気がします。
科学用語として用いる時と一般用語として用いる時を峻別するための、登録商標マーク的なものがあればいいのかも。星印なんてどうでしょう。
「進化☆」
投稿: ハブハン | 2010年1月29日 (金) 22時33分
こんにちは、どらねこです。
とらねこ日誌のエントリに本文を引用させていただきました。
お陰様で記事にしまりができたと思います。
ありがとうございました。
これからも有用エントリ期待してマスです。
投稿: どらねこ | 2010年2月11日 (木) 09時13分
どらねこさん、こんにちは。
ありがとうございます。使える部分があったらジャンジャン使っちゃってください。お役に立てて嬉しいです。
私のはヘタなテッポウなので、書いたモノが有用になるかどうかは運次第ですが(^-^; ご期待に添えるように頑張ります。
投稿: ハブハン | 2010年2月11日 (木) 22時15分