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事件にではなく記事に反応している日本ホメオパシー医学協会の「見解」を読んだ感想

 

日本ホメオパシー医学協会のホームページに掲載されている、「8/11付 朝日新聞の誤解を招く報道に対しての見解」を読んでの感想です。長くなっちった・・・

 対象となっている朝日新聞の記事はこちら
代替療法ホメオパシー利用者、複数死亡例 通常医療拒む

8月11日付け朝日新聞朝刊社会面で報道され、朝日新聞東京本社科学医療グループ長野剛記者、同医療グループ岡崎明子記者が担当し、「ホメオパシー利用者 複数死亡例」と報じられた記事について日本ホメオパシー医学協会(JPHMA)よりコメントします。

(1)「ホメオパシー利用者 複数死亡例」

「ホメオパシー利用者 複数死亡例」という見出しを人が見た場合、ホメオパシー療法で直接的に死亡したと思うことでしょう。つまり多くの人が、ホメオパシーは危険な療法であるというイメージをもつことになってしまいます。しかし、実際のところホメオパシー療法で死ぬことはありません。これは最も安全な代替療法の1つであるホメオパシーを著しく誤解させるものです。人間ですから報道する側も感情と利権が入り込む事もあろうかと思いますが、公に伝えることを職業にしている記者は、事実を正確に書く訓練がなされなければなりません。そうしないと報道の意図的操作に繋がってしまうことになります。

 K2シロップの問題はまさに「ホメオパシーは危険な療法である」ことを認識させる、象徴的な事件でした。
 「ホメオパシーなんて益もなければ害もないんだから、やりたい人にはやらせとけばいいじゃん」なんてセリフが、実態に則していない不適切なモノだったことがこの上なく明らかになりました。

 レメディが本当にただの砂糖玉であれば、毒でも薬でもないと言えるでしょう(時々レメディによる害が紹介されてはいますが)。
 でも「レメディに害がないんだから、ホメオパシーには害がない」とは言えませんね。「ホメオパシーを実践することにより、実践しない場合よりもリスクが高くなる場合がある」のは明らかで、その害のほとんどは通常医療の否定から発生しています。
 特にK2シロップの問題では、本人(乳幼児)も親御さんも知らないところでK2シロップの非投与&レメディの投与が行われており(ここの事実関係では今のところ原告と被告の間に食い違いはなさそうです)、「ホメオパシーが投与を受ける本人の意思とは無関係に処方され、リスクを発生させた」事例でした。

 ホメオパシーがなんらかの薬効をうたい「代替医療」を名乗る時点で、ホメオパシーをリスクなく実践することは不可能で、かつそのコトをホメオパシー側が認識していない時点で、これらのリスクが管理され、改善されていく見込みは今後もない、と判断します。

(2)「通常の医療行為を拒否」

今回の記事は、全体的に「ホメオパシー利用者」と「通常の医療を拒否する人」という、この二つの異なる事象を結びつけた報道になっていますが、この二つを結びつけるだけの十分な根拠があって報道しているのか疑問に思います。

ホメオパシー利用者は日本国内だけでおそらく何十万人います。そしてホメオパシーと関係なく、通常の医療を受けることを拒否する人もおそらく何百万人といるでしょう。たとえば、かぜを引いたときに病院に行ったり薬をとることを拒否する人などはさらに多くいるでしょう。重病なのに、通常の医療を拒否する人もおそらくたくさんいるのではないかと思います。もちろん、ホメオパシー利用者の中にも頑なに現代医療を拒否している人はいると思います。

 医療を拒否する人間が、ホメオパスの中にもいるみたいですね。現代医療を拒否し、親にも知らせないまま乳幼児にK2レメディを投与し、死に至らしめる人間が。

その点を考慮し、由井会長自らも、日頃の講演でもよく「ホメオパシーが絶対正しいとし、現代医療を頑なに拒否することのないようにして下さい。そのような人がホメオパシーを潰すことに繋がってしまうのですよ。必要なときは病院に行きましょう。薬もとりましょう。臨機応変に対応しましょう。」と注意を促しています。

 「ホメオパシーが絶対正しい、というわけではない」というのは「ホメオパシーを利用するのが正しくない場合がある」という意味ですが、ホメオパシーが正しくないのはどんな場合なのでしょう。
 明確にできるのかな?

 例えば「レメディをエビデンスのある医療の代わりに処方する行為」は正しいのでしょうか、正しくないのでしょうか。
 おしなべてエビデンスを持ちあわせていない(※1)ホメオパシーはこの問いに対して、すべてのレメディは「正しい」あるいはすべて「正しくない」という回答しかできないように思いますが。

ホメオパシーを推進している団体として、当協会としても、ホメオパシー利用者が、ホメオパシーを愛好するあまり、現代医療を頑なに拒否するということがないよう、当協会や普及団体を通して発信していくと同時に、協会会員に今一度指導の徹底を図っていきたいと考えます。

 「死にそうになったら現代医療に行ってね。それで死んだら現代医療の非にできるから」と言っているように聞こえてしまいます。「頑なに」の文言は要らないのではないでしょうか。
 「拒否すべき場合もある」のであれば、どんな時には拒否すべきだと考えているのか、明確にしてもらいたいところ。死なない時、じゃないよね。

しかしながら、ホメオパシー利用者であるなしにかかわらず、頑なに現代医療を拒否する人はいます。
特に、過去に現代医療を受けてとても辛い経験をしたしたことがある人は、その傾向が強いようです。 本来、どのような医療を選択するかは、個人の尊厳(憲法13条)で保障されている自己決定権として、個人の自由意志に基づいて行われるべきものであり、個人の信条に立ち入ることができない部分があるということは、理解されなければならない点であると考えます。もし、それを超えて、立ち入ることが許される人がいるとしたら、それは唯一、親ではないかと思います。

 「どのような医療を選択するか」と「医療を選択するか、ホメオパシーを選択するか」は、マッタク意味が異なると思います。後者は「医療を選択するか、医療を拒否するか」と置き換えてもよいでしょう。
 医療を拒否し、ホメオパシーを選択することも、最終的には本人の意思が尊重されるべきことかも知れません。でもそれは「ホメオパシーは医療ではない」ことを本人がきちんと認識した上でのおハナシ。

 また一般に、本人の選択を尊重するコトと、医療でないものを医療と誤認させる行為を批判するコトとは、問題なく両立します。

今回の2件の死亡例をホメオパシーと結びつけて大きく報道することは、公正な報道の在り方として正しくないと考えます。まして「ホメオパシー利用者複数死亡例」とか「ホメオパシーを利用者の中で、病気が悪化して死亡する例が相次いでいる。」として記事を報道することは、ホメオパシー叩きを目的とした情報操作であるように考えられます。

 記事の内容を見ると、男児の例は情報量が少ないこともあって、にわかには判断できませんが、女性の例は死亡とホメオパシーを結びつけて考える十分な理由があると思います。
 死亡例とホメオパシーを結びつけて報道するべきではない、と言うのであれば、女性の症状は早期に通常の医療を受けていたとしても同じ経過をたどったであろうことを、根拠を含め説明する必要があるのではないでしょうか。
 まさかまさか、「ホメオパシーが無かったとしても医療を拒否るヤツは拒否るんだよ。だからホメオパシーのせいじゃない」という主張ではないと信じたいですが。

(3)「代替療法ホメオパシーを利用している人の中で、病気が悪化して死亡する例が相次いでいる。」

上述した通り、ホメオパシーが死因でもないにもかかわらず、上記のように書かれると、多くの人が、ホメオパシーは危険は療法であると誤解してしまうことでしょう。まるで多くの人が誤解するよう意図して書かれているようにも思えます。

 上述した通り、「ホメオパシーが死因でない」ことは、マッタク「上述」されていないと思います。

(4)「さいたま市では昨年5月、生後6カ月の男児が体重5千グラム前後の低体重のまま死亡した。両親は助産師の勧めでホメオパシーに傾倒。市によると、病院での男児のアトピー性皮膚炎の治療や予防接種も拒否していたという。市児童相談所は、病院の受診拒否などを虐待と判断。保健師の指導で男児が4月に入院した際、両親が連れ戻さないよう病院に要請していた。男児は5月2日に死亡した。」

本ケースは司法解剖も行われており、事件性がないことが明らかになっています。すなわち、乳児の死亡とホメオパシーの因果関係がないことはもちろん、虐待もなかったということが判明しています。このようにホメオパシーと関係のないことをあたかもホメオパシーとの関連において死亡したかのような印象をもつように記事全体が構成されています。

 男児のケースは情報量が少なく、確かにホメオパシーが男児の死亡に結びついたと判断する根拠は示されていないように思います。
 ただ、レメディは基本、益も害もない砂糖玉ですから、司法解剖によって死亡とホメオパシーの因果関係が明らかになることは、そもそもありえないでしょう。

 このケースでは、医療ネグレクトが発生していたコト、医療ネグレクトが男児のリスクを増やしていたコトは間違いありません。
 医療ネグレクトとホメオパシーが関係していたこと、及び医療ネグレクトがなければ男児が助かった可能性が高かったことを示す情報があれば根拠として認められるかな、と思います。

 一方、ホメオパシーが医療であることを主張、あるいは誤認させるような要素がある限り、このような事件は起こりうるわけで、一つ一つの事例がどうかは別にして、ホメオパシーと死亡とが結びついているケースが実際に発生しているであろうコトは容易に推定されます。
 ホメオパシー団体に求められている対応は「このケースはホメオパシーのせいじゃない」と、シラミ潰しに否定するコトではなく、まずは「ホメオパシーは金輪際、医療の代わりにはならない」と広く表明するコトです。

このケースは、児童虐待の事実がしっかりと確認できない中、虐待の通報が児童相談所になされ、その延長線上で、一方的に母子が引き離された後に容態が急変し亡くなった事例です。まだ赤ちゃんなのですから、突然母親と引き離されてしまったらやっぱりとても不安で恐怖になったと思うのです。母子が一緒にいることがとても大事なことだったと思います。

 こんなこと、ホメオパシーには判断できないと思います。これって、ただの憶測ではないでしょうか。
 ・・・えーと、ホメオパスが患者を診断するときのやり方も、このレベルなのでしょうか? もしそうだとしたら、仮にレメディに実質的な効果があったとしても、ホメオパシーを医療として認めるのは難しいような気がしますが。

朝日新聞の報道で問題なのは、このケースのようにホメオパシーやホメオパスと直接的に関係のないケースもホメオパシー利用者ということで、ホメオパシーとの関連において報道し、いかにもホメオパシーに問題があるかのようなニュアンスを醸し出していることです。ホメオパシー叩きを目的に報道しているようにしか見えません。

 ホメオパシーには問題がありますね。そのコトを判断する根拠はK2シロップの事例ひとつで十分だと思います。その他の事例についても、医療の拒否及び(それに代わる手段としての)ホメオパシーの選択という実態があれば、結果が死亡かどうかは別として、ホメオパシーに問題があることを示す根拠としては十分でしょう(既に述べたように、男児の例はそのへんの記述が足りないと私も思います)。

 一部のホメオパシー団体、一部のホメオパスに問題をなすりつける弁明は他所でいくつも見ていますし、今回はクライアントになすりつける事例も見せてもらった訳ですが、一部の団体、ホメオパス、クライアントの問題は、すなわち「ホメオパシーの問題」、ですよね。

長野剛記者が朝日新聞社のブログで、被害者がいなくて記事が書けないので、被害者を募集する、あるいは情報提供を募集するようなことが書かれていましたが、記者としての倫理観が欠如しているのではないかと思います。

 ニュアンスがかなり変わっているようですので、該当のブログの原文を引用しておきます。「ホメオパシーを巡る問題(その1) 「ホメオパシー療法、信じる前に疑いを」

ただ、もっと具体的な「被害例」を集め、ホメオパシー治療の実際について、もっと世間に発信したいと思っています。「治る」と信じた結果、かえって通常医療を受ける機会を逸してしまったような方は、いらっしゃいませんか? ぜひ、お話をお伺いしたいと思います。お心当たりのある方はぜひ、アピタル編集部(apital&asahi.com)=&を@に変えてください=までご連絡ください。よろしくお願いいたします。

 「ネタ探し」的なニュアンスは、原文にはないと思いますが、どうでしょう。少なくとも私は、倫理観の欠如のあらわれ、とは判断しませんでした。

また、英国エリザベス女王を担当する医師ホメオパスのピーター・フィッシャー氏も2006年にランセットの論文について批判しています。(今後リンク掲載予定)

 えーと、ホメオパスの医師が、ホメオパシーの効果を否定した論文を批判するのは当たり前のような気が。

ホメオパシーの有効性を示す文献はやまほどあるにもかかわらず、長野剛記者は「なんらかの効果があるとは思っていません。」と決めつけ、効果がないと思う理由の一つが欠陥論文と言われているランセットの論文であり、もう一つの理由が「効くわけ無いという理屈です。」と言うわけです。一度もホメオパシーを試したことがない人が、200年の歴史の中で多くの治癒実績があり、たくさんの人の病気を治癒に導き、たくさんの人の命を救ってきたホメオパシーを効果がないと決めつけ、しかもその理由が「効くわけがないから」という言葉で片付けるわけです。事実を検証し、事実に基づき公正に報道することが、記者に求められる倫理、行動、責任であると考えますが、このように偏見にとらわれ事実を、直視できない長野剛記者が、公正な観点からホメオパシーの記事を書くことができるわけがないと思います。

 「有効性を示す文献はやまほどある」「多くの治癒実績があり」「たくさんの人の命を救ってきた」という主張に根拠がない、と言われてるんです。記者に、ではなく、科学者に。
 ついでに言えば、「効くわけがないから」という言葉で片付けてもいませんよね。すぐ上にブログの原文を自ら引用してるのに、なんでそんな書き方になるのか・・・ 長野記者はこう書いています。

私自身は、ホメオパシーのレメディー自体に、なんらかの効果があるとは思っていません。それは、記事にも紹介した2005年のランセットの論文や、その他のホメオパシー研究を集めて検証した論文が、妥当で説得力のあるものだと思っているからです。

 ちゃんと理由、説明してるじゃん。

(5)「アトピー性皮膚炎の治療や予防接種も拒否していたという。市児童相談所は、病院の受診拒否などを虐待と判断。保健師の指導で男児が4月に入院した際、両親が連れ戻さないように要請していた。」

「アトピー性皮膚炎の治療や予防接種も拒否していたという。」とあたかも、このこと自体が虐待に当たるような書き方をしています。実際、予防接種をしていなかったとしても、予防接種は1994年、予防接種法改正により、義務接種でなく任意になっていますので、本人の責任において判断するものになっています。またアトピー性皮膚炎の対処で代替療法を親が選択したことが「虐待」と判断されるのでしょうか。

 虐待と判断したのは、記者ではなく、市児童相談所ですね。
 そして相談所は「アトピー性皮膚炎の対処で代替療法を親が選択したこと」を虐待と判断したのではなく、「病院の受診拒否など」を虐待と判断した、と、引用部分に書いてあります。

 なお個人的には、病気の種類と深刻度によっては、代替医療の選択が虐待と判断されるコトは、十分ありうると思います。アトピーでそう判断されるかどうかは分かりませんけど。

(6)「5月16日、東京都東大和市内の病院の集中治療室。女性は、悪性リンパ腫が悪化して人工呼吸器を付け、声も出せない状態だった。親交のあった荒瀬牧彦牧師=めぐみ教会(東大和市)=が見舞うと、手話で3回、「ごめんなさい」と訴えた。ホメオパシーに頼り、前日に救急搬送されたばかり。入院から11日後に死亡した。 荒瀬牧師は「最後の最後になり、自分の誤りに気づいたのかもしれない」と話す。 両親によると、女性がホメオパシーを始めたのは3年前。離婚直後で精神的に不安定な時に友人に紹介された。昨春から体調を崩し、全身の痛み、強い肌荒れを訴え始めた。荒瀬牧師は何度も病院受診を勧めた。だが女性は「今までのホメオパシーの努力が無駄になる」と拒み続けたという。 5月には外出も困難に。激しい胸の痛みに母親(69)が救急車を呼ぼうとすると、「西洋医学はダメ」と最後まで拒んだ。気を失いかけたすきに、母親が救急車を要請。搬送先で、初めて悪性リンパ腫と診断された。」

上記の件についても、朝日新聞に掲載されたこれまでの記事内容から、正確な内容を伝える報道ではない可能性(恣意的に情報が加工された可能性)が高いと考えています。なお、本件につきましては8月初旬に荒瀬牧師から当協会に対して、要望書及び直接の打ち合わせを希望する手紙が届いており、現在、荒瀬牧師と打ち合わせの日程を調整しているところです。したがって、現段階でのコメントは控えたいと思います。

 ・・・コメント控えるなら「正確な内容を伝える報道ではない可能性(恣意的に情報が加工された可能性)が高いと考えています。」なんて書くべきじゃないのに。

ビタミンKの件もそうですが、話し合いがなされる前や裁判が行われる前に一方の言い分をもとに事実の断片を個人の偏見に基づき報道することで、片寄った報道に繋がると考えています。

 K2シロップの報道で、どのような偏りがあったのか、キチンと併せて書いておくべきだと思います。
 ひとつ上の文章についてもそうですが、なんでカンタンに「◯◯の件についてもそうですが」の一言で、違う事例をまとめちゃうんでしょう。で、原文を読んでみると、どこを読んでそう判断したのか分からない。(→K2シロップに関連する記事はこちらこちら
 「そういうことを常習的にやっちゃう連中なんだよー」という印象付けを狙っているように見えてしまいます。

(7)「ホメオパシーでは、病気の症状が重くなっても、自然治癒力が増した証拠の「好転反応」ととらえる。これが患者を病院から遠ざけているという指摘がある」

この記事には主語がなく、誰の指摘なのかが明かになっていません。
好転反応については、こちらの記事でコメントしていますので、参考にしてください。
http://jphma.org/About_homoe/jphmh_be_report_20100811.html

「ホメオパシーでは、病気の症状が重くなっても、自然治癒力が増した証拠の「好転反応」ととらえる。」とありますが、上記の書き方ですと、病気の症状が重くなったら無条件に好転反応と捉えるかのような印象をもちます。しかし疾患が進行し、病状が悪化することは好転反応とは言いません。疾患の進行による病状の悪化なのか排泄症状としての好転反応なのかの見極めは、経験を積んだプロのホメオパスであれば、概ね正確に判定できるとしても常に100%正確に判定できるものでありません。それは医師の診断にも同じように言えることだと思います。

 「好転反応」と、「症状の悪化」との、見分けかたを教えてほすぃ。「概ね正確に判定できる」とは、どのような方法で確かめられたことなのでしょうか。
 医師の診断において、「症状が悪化したとしても今の治療を継続する」という判断がくだされることは当然ありうるでしょう。その結果として「治療中に一度症状が悪化したが、その後回復した」ということも起こりうるでしょう。
 でも、「回復が始まったら必ず一度は病状が悪化するはずだ」と考えている医師はいないと思います。病状の悪化は病状の悪化として認識しているのではないでしょうか。
 ・・・あ、「医師の診断も同じ」っていうのは、病状の悪化の捉え方のコトではなくて、ただ単に「医師も誤診することはある」っていうコトなのかな。
 だとしたら、医師ももちろん誤診する可能性はあるわけですが、その可能性がホメオパスと同程度だとは思えません。

 ・・・ところで、ホメオパスの診断能力って、どのくらいなんだろう。「代替医療のトリック」の中で、カイロプラクターに対して行われていたように、一人の人間に対して複数のホメオパスがそれぞれどのような診断を下すのか、試してみると面白いかも知れませんね。そしてそれは「概ね正確に判定できる」という主張の根拠にもなるわけです。・・・ホントにみんなが同じ診断を下せるなら。

したがって当協会会員がクライアントが病院に検査に行くことを止めることもないし、判断がつかないときはホメオパスが積極的にクライアントに検査をすすめることになっています。もちろん、重病人の場合は病院にかかりながらホメオパシー療法をすることが大事であると考えていますし、医師とホメオパスが協力して治療にあたる場合もあります。このように医師とホメオパスが、現代医学とホメオパシー医学のそれぞれの専門性を生かし、協力し合うことが大切でありクライアントの利益になると考えます。

 ・・・「医師とホメオパスが協力しあう」のは、「医師と宗教家が協力しあう」「医師とカウンセラーが協力しあう」「医師と家族が協力しあう」という意味でなら、理屈の上ではありえないことではないと思いますし、場合によっては容認しうることですらあるかも知れません。
 しかしホメオパシーが医療の面で医師と協力しあうのはムリ、というか無意味ですし、医療以外の面を考慮したとしても、ホメオパシーが「代替医療」を謳う限り、弊害のほうが余程大きいだろうと思わざるを得ません。特に「医師がホメオパシーを正当な医療として認めている」という印象を一般にあたえるコトの弊害は計り知れません。
 今の状態で医師とホメオパスが協力するコトに、私は強く反対します。

なお、今回のこの記事が出る前に長野剛記者から7月31日のBe Reportの取材でインタビューしたときの由井会長が話した内容からの引用として、間違いないかどうかの確認を求めるファックスが時間指定で送られてきました。

これによってそのとき取材した内容を流用して再び長野記者が記事を書こうとしていることがわかりましたが、そのときに長野剛記者が由井会長の発言として現在も同じ考えであるかとJPHMAに確認してきた内容が、話の流れの中で解釈されるべき発言を部分的にピックアップしていたことから、前回同様今回の記事でもまた、取材の中での由井会長の発言を恣意的に加工し使われる可能性がきわめて高いと判断しました。この危険性を察知し、長野剛記者には事前に注意を促しています。このやりとりに関しては今後掲載していきます。

 内容はともかく、ホメオパシーの団体が一連の事件にコミットし、情報を発信し続けることは良いことだと思います(ホメオパシーの団体にとって良いこと、ではないかも知れませんが)。そのキッカケを作った、という意味でも、長野記者はグッジョブですね。
 マスコミで報道されることのインパクトは、やっぱり大きいなあ。


<注釈>

※1
 ここで言う「エビデンス」は、「たくさんの治療実績」のコトではありません。
 「対照群と比較して効果があることを示した臨床研究」(※2)さらに望ましくは「通常の医療と比較してより高い効果があることを示した臨床研究」が多く存在し、かつそれに反する結果が少ないコトです。

※2(08/15追記)
 バイアス、プラセボ効果等を十全に排除したカタチで。

 

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コメント

朝日新聞の記事に対して各団体がいろんな表明を出していますが、じっさいのホメオパシーのユーザであるホメオパスや利用者からは、見る限り表明自体を評価する姿勢は見受けられても、その内容を支持する声は現時点であんまり見られないんですよね。

これって単純に、「ユーザから見ても各団体の反論が反論になっているのかよくわからない」「ユーザからしても各団体の反論のロジックが読み取れない」からなんじゃないか、みたいに推測してるんですけどね。

投稿: pooh | 2010年8月15日 (日) 10時10分

 poohさん、こんにちは。

 協会の見解は、記事や記者の信憑性・信頼性を貶める方向で構成されていますけど、身内としては否定の否定ではない「見解」を聞きたいところでしょうね。
 でも、公式な見解は外の人間も見ますから、ウカツなことは書けないし、でもなんらかの見解を出さないわけにはいかないし、協会も辛いところだろうと思います。ホメオパシーの「効果」に正面から向き合わないカタチとしては、この内容くらいが精一杯なのかな。

 ここはひとつ、「不安や不満を軽減するレメディ」のレシピをトップページにあげておくべきかと。

投稿: ハブハン | 2010年8月15日 (日) 11時18分

こんばんは。

丁寧なつっこみ……あ、いやいや指摘に胸がすっと、いや溜飲……いやいや、とにかく有り難うございました。

>8/15(日)東京にて【納涼特別講演】『人生を楽に生きるための奥義』講演が行われました
http://www.homoeopathy.co.jp/sinchyaku_new/index.cgi?index=1977

明らかに信者の囲い込みに入っているのが窺えます。
これだけ槍玉に挙がっているのですから危機感は相当なものなのでしょう。
金の亡者や妄想で他人を先導している人達がどうなろうと知ったことではありませんが、ホメオパシーに救済を求めていた人もいるでしょうね。

まだ問題は指摘されただけで、私(達)が望んでいたようにこれ以上被害者が出ない形に収束するかどうかは未だ不明です(アフォみたいな言い分からも、やる気は満々みたいですから)。善意の加害者が更に後悔を重ねずに済むようになればといいんですけどね。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年8月15日 (日) 21時33分

うさぎ林檎さん、こんにちは。

 私に拾えるトコロはほとんど拾っちゃいました(^-^)
 重要じゃない部分は端折ろうかとも思ったんですけど、問題視していないと思われてもイヤだし、ええい、いいや、やっちゃえーって。長くなっちゃってスミマセン。

>金の亡者や妄想で他人を先導している人達がどうなろうと知ったことではありませんが、ホメオパシーに救済を求めていた人もいるでしょうね。

 私がホメオパシーを全否定しない理由はまさに、今ホメオパシーに全幅の信頼を置いていて、ホメオパシーがなくなると支えを失ってしまう人のコトが念頭にあるからです。
 「個人で信じてる分には、まあ敢えて否定することもないじゃない」って。

 でもそろそろ、そういう人達のコトを慮ってもなお、社会的積極的に否定するべき、という考えになりつつあります。
 キッカケはもちろん、K2シロップの問題です。マスコミで報道されるまでなんら実質的なアクションをとれなかった、とらなかった時点で、組織としてダメだと思いますが、今はそのダメさ加減がウナギのぼりの天井知らず!といった印象ですね。リスクマネジメントの専門家、いないのかなあ。

 被害者のことを考えると、いたたまれないキモチになります。医療ネグレクトにさらされている子供たち、いっぱいいそう。
 せめて重篤な病気や怪我の時はキチンと医療機関を受診してくれるよう、祈るばかりです。

投稿: ハブハン | 2010年8月15日 (日) 23時05分

 昔はレメディのような「極微小医療」はホメオパシーしか無かったのです。今はみなさんもご存知のようにナノテクノロジーを利用してのナノメディシンなるものがぼちぼち勃興しています。これは薬(化学薬品など)の副作用や毒性が患者に与えたことへの反省から研究開発が続けられています。その他に遺伝子療法やiPS細胞などの開発応用がすすめられていることはご存知のことと思います。
 ホメオパシーの研究者はそのメカニズムのエビデンスについて探求する人がいなかったのではないでしょうか。あとは信じるだけという、失礼ですがそれでは少なくとも公的医療の仲間入りすることは適切でないと思います。
 もちろん、生命は奥深く、まだまだわからないことが多いことは誰でも理解するところです。科学は「知らないことは知らない」といい、非科学は「知らないことを知っている」というちょっとした違いがあるのです。人間は神様でもなんでもないのです。間違いを犯すものです。間違いを犯した時反省するか居直るかではその将来はわかれます。
 ホメオパシーを治療に行なうについてもまず最初に起こりうる危険性について話し患者にまず充分なインフォームドコンセントをとること。危険性の論議を後回しにしたり隠したりして患者にただ全幅の信頼を勝ち取る暗示手法はやめるべきでないか。
 効果が見られない、悪化する場合はただちに中止し他の医師にかかるようすすめること。
 ホメオパシーに対して高度な専門性・臨床経験をもたない他科医師が片手間でホメオパシーで治療をすることは厳につつしむべきであると私は考えています。
 
 
 

投稿: 上田 | 2010年9月26日 (日) 20時29分

上田さん、こんにちは。

 えーと、私はナノテクノロジーを利用した医療というものは(というか最先端の研究は)よく知らないです。もし的はずれなことを書いてしまったら、ごめんなさい。

 一般的なレメディであるC30は、100倍希釈を30回繰り返すというものですが、この方法で最終的に残存する分子の個数の期待値は、1よりも遥かに小さくなります。
 希釈に用いるフラスコの壁への付着だとか、希釈の際の均一性だとか、いろいろなバラツキの要素を加味してもなお、「レメディに元の物質はまったく含まれていない」と表現して差し支え無いレベルです。

 ですので、ホメオパシー(レメディ)のことを「極微小医療」(スミマセン、この言葉も初めて聞いたのですが)と呼ぶことには、やや違和感を感じます。
 今のホメオパシーは、物質が残らないこと自体は認めていて「波動を転写する」「情報を転写する」といったような表現をしていますが、そのよく分からないリクツが仮に正しいとしても、ホメオパシーは「極微小医療」でも、また本来の意味での「同種療法」でもない、というのが、私の認識です。

> ホメオパシーの研究者はそのメカニズムのエビデンスについて探求する人がいなかったのではないでしょうか。あとは信じるだけという、失礼ですがそれでは少なくとも公的医療の仲間入りすることは適切でないと思います。

 いろいろな本を読むと、昔の医療もそりゃあヒドかったんですが、昔の医療がひどかった理由と、今のホメオパシーがひどい理由は、多分同じなんですよね(^-^;
 で、その理由というのはまさに、上田さんがお書きになっている部分なのだろうと思います。

 効果がないと判断された場合にはそれを捨て去る覚悟がなければ、EBM(evidence-based medicine)の考えに則って検証し、結論することは出来ないんですけど、200年の伝統を重んじるホメオパシーには、その選択肢はないでしょう(^-^;

>ホメオパシーを治療に行なうについてもまず最初に起こりうる危険性について話し患者にまず充分なインフォームドコンセントをとること。

 山口のK2シロップ不投与の問題でもインフォームドコンセントが問題の一つとして挙げられますが、医療に関する専門の教育と訓練を受けていないホメオパスが、(例えその意思があったとしても)インフォームドコンセントに必要十分な、正確な情報を提供するのは難しそう・・・。
 ただ、もしそれができたとしたら・・・多分ホメオパシーに魅力を感じる人はほとんどいなくなるでしょうね(^-^;

 ホメオパシーが人気なのは、

>危険性の論議を後回しにしたり隠したりして患者にただ全幅の信頼を勝ち取る暗示手法
 
だから、なのだろうと思います。

投稿: ハブハン | 2010年9月26日 (日) 23時13分

 ハプハンさん メールありがとうございます。
 極微小医療というのは勝手に私が例えて言った造語です。ナノという単位は10億分の一という希釈であって、そこには分子が最低一個ないしは数個は離散的に存在している状態です。以前はナノメディシンという言葉すら無かったのでその時代経過にあわせて造語したものです。
 ホメオパシーの歴史をみても当初はこの分子が存在するレベルの希釈で治療に活かしていたものと思います。
 ところが途中でどうなったのか。それでは思ったような効能がないのか、更に希釈をどんどんすすめ、分子が居なくても非常によく効くものという神懸かり的なものへと発展したと思われます。それが今日のホメオパシーの姿ではないかと考えています。
 もし、ホメオパシーが今後も生き残りをかけるなら、先端医学の研究者と協力してこれまでの理論を取捨検証する姿勢に立たなければなりません。
 ホメオパシーは同種療法とも言われます。この「同種」というのは普通非常に「狭い」範囲で病態にフィットしなければ「同種」とは言われません。それ以外はいわば「異種」ということになります。実際は患者の病態に「異種」のレメディを投与する危険があります。簡単にこの病態にはこのレメディを適用することはできない。 ホメオパシーの専門家でもない普通の医師や看護師や助産師が勝手に片手間に行なうことは厳につつしまなければならないことはホメオパシー学会の後日の指摘を待つまでもありません。

投稿: 上田 | 2010年10月 3日 (日) 14時58分

上田さん、こんにちは。

>極微小医療というのは勝手に私が例えて言った造語です。ナノという単位は10億分の一という希釈であって、そこには分子が最低一個ないしは数個は離散的に存在している状態です。以前はナノメディシンという言葉すら無かったのでその時代経過にあわせて造語したものです。
>ホメオパシーの歴史をみても当初はこの分子が存在するレベルの希釈で治療に活かしていたものと思います。
>ところが途中でどうなったのか。それでは思ったような効能がないのか、更に希釈をどんどんすすめ、分子が居なくても非常によく効くものという神懸かり的なものへと発展したと思われます。それが今日のホメオパシーの姿ではないかと考えています。

 残念ながら私は、上田さんのおっしゃる経緯を裏付ける情報を知りません。すみません。
 そういうことがあってもおかしくない、とは思うのですが。

 分子が残るレベルでの希釈となると、C10(100倍希釈×10回)くらいになるでしょうか。分子の概念がなかった時代では、C10という希釈度に特別な意味はなかったはずで、「薄めれば薄めるほど効果が高くなる」と信じられていれば、そのラインをあっさりスルーしてエスカレートしていった、というのは十分考えられる流れですね。

 ナノメディシンと表現した場合、一つ一つがナノサイズでも、全体としての投与量はナノレベル、というわけではないだろうと思います。いや、ナノレベルなのかも知れませんが。
 希釈の割合(ホメオパシーは10^-37で、10^-9(ナノ)とは比べ物になりませんが)と、物質・分子の大きさをごっちゃにするのは、やっぱり違和感を感じます(^-^;

>ホメオパシーは同種療法とも言われます。この「同種」というのは普通非常に「狭い」範囲で病態にフィットしなければ「同種」とは言われません。それ以外はいわば「異種」ということになります。実際は患者の病態に「異種」のレメディを投与する危険があります。簡単にこの病態にはこのレメディを適用することはできない。 ホメオパシーの専門家でもない普通の医師や看護師や助産師が勝手に片手間に行なうことは厳につつしまなければならないことはホメオパシー学会の後日の指摘を待つまでもありません。

 えーと、ごめんなさい、このへんのコトも私が初めて聞くことで、うまく判断できません(^-^; 狭い範囲で病態にフィットしなければ「同種」とは言われない、とは知りませんでした。逆に、厳密にフィットすればなんらかの効果がある、という認識もありませんです、はい。
 私の今の認識はこんな感じです。

 片手間だろうとそうじゃなかろうと、ホメオパシーを医療の代替として用いるのは厳に慎まなければならない。


 上田さんのお書きになっている内容は、私の知識や判断力を超える部分が多いです。
 大変申し訳ないのですが、もうちっといろいろ調べるまで、私自身の賛否はひとまず保留とさせてください。

投稿: ハブハン | 2010年10月 3日 (日) 22時43分

 わかりにくい説明でごめんなさい。
 生体の「細胞間をも容易に通過できる大きさ」がナノという単位で特別の意味があります。今、富士フィルムが宣伝している化粧品でアスタリフトという化粧品がありますがこれもフィルム製造技術で得られたナノテクノロジーのノウハウを応用してナノ成分を溶媒に含ませたものです。今までの大きい化学物質(分子結晶体)のものと違って皮膚の深層部まで浸透でき美肌効果が格段にあがることが期待されています。これを医療に応用すればこれまでの医薬品とは違って目標の病態にピンポイントで効果的に作用させ副作用も少なくなることが期待されます。例えば、癌の治療薬をナノ化して生体内のがん細胞だけに直接とどけて治癒を試みる。途中の健康な細胞とは反応させない、副作用のない薬をめざしたりしています。「ミクロの決死圏」という映画がありますがこれを実用化に結びつけようというまるで夢のような計画が片方すすめられている。
 ホメオパシー(クラッシック)は200年前、すでに「原始ナノメディシン」を創設していたと私は考えています。しかし、この先見性はその後の科学の発展によって原子・分子構造に関する新しい知見や実験も本来ならどんどん取り入れるべきところ、昔のままで逆に科学に対して敵愾心をあおって根拠の無い「子供だまし理論」や「権威主義」を振りかざしてきました。結果、今日ホメオパシーをもはや医学の名に値しないものにおとしめてきた。その責任はむしろ彼ら自身の側にあると言わざるを得ません。(ちょっと言い過ぎかな)

投稿: 上田 | 2010年10月 6日 (水) 06時36分

上田さん、こんにちは。

>わかりにくい説明でごめんなさい。

 いえ、私の方こそ勉強不足で申し訳ないのですが(^-^; ホメオパシーが「ナノメディシン」の範疇に含まれる、どのような要素を持っていたのかがイマイチ分からないのです。いや、もっと言えば実は、「ナノテクノロジー」という言葉の定義も正確には理解していなかったりするのですけど。
 「ナノ」というコトバが、世間であまりに便利に使われすぎていて、どうもウマく把握出来ないんです。

 上田さんは、もしホメオパシーが200年前の時点から、科学的な手法で検証され、発展していれば、(現在の医療にはない形での)「ナノメディシン」として、有効な治療法が確立できていただろう、とお考えですか?
 私は、ホメオパシーの基礎的な理念や手法は、もし科学的に検証すれば否定されるモノだ(つまり、「ホメオパシー」が有効な医療として認められるコトが将来あったとしても、それは、今のホメオパシーとは全く異なるものだろう)と考えていますので、もしかしたらもうちょっと根本に近いところで、意見の食い違いがあるのかも知れません。

投稿: ハブハン | 2010年10月 8日 (金) 22時17分

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