« 日経サイエンスの記事で代替医療に言及されていた | トップページ | 「ホメオパシーで長女死亡」助産師と母親和解 山口地裁_asahi.com »

おしなべて「それガイシュツでつ」的な。

 さすがにコレはw と、思いつつ、「おおっ、ナルホド!!言われてみればっ」と、目にウロコのヒトがいない、とも断言できない気分で、ウツウツ言及。

命のデモ行進さまのエントリ「菊池誠は科学者か?①

「ふ〜〜ん。[水は答えを知っている]ってなんかファンタジ〜。私、未来を信じて生きていけそ〜〜。 」みたいな人のささやかな希望を、冷徹にばっさりと容赦なく切り捨ててるわけだかんな〜。
っつ〜か、よくも放映したべ〜。NHK。両論併記もへったくれもね〜よな〜。

 この辺はよく「悪しき相対主義」と表現される論法。100%否定されない限り同列に扱うべし、というのは、およそ全てのものを同列に扱うべし、と言っていることとおんなじ。
 要するに「地球が丸いって言いたいなら、地球が平らだって説があることにも言及しろっ!それが両論併記だろ!」的なご主張になってます(※1)。
 なお、悪しき相対主義を批判しているヒトの中で、相対主義自体を否定しているヒトは、そんなにはいないはず。両論併記も、一般論として否定はされないでしょう。
 相対主義、両論併記をどこまで適用するかについて、人によってバラツキがあったとしても、そんなバラツキが問題にならないくらい「水からの伝言」は論外、というおハナシ。
 更に言うなら、「水伝の主張は科学的に正しい」は否定されますけど、ファンタジーとして否定されてはいません(「ファンタジーとしても出来が悪い」とは言われるけど)(※2)。
 ニセ科学批判の文脈では、「科学を装っている」部分が批判されます。実際にどういう点で「装っている」のかについても、十分な指摘がされています。

いやよ〜、こんたなの見せられて、内心悔し〜〜思いをしとる人も、このコミュには多いんでね〜かっておらは思うんよ〜。

 一部のヒトによる過剰な攻撃が無いとは言えないでしょう。しかし中心的な批判活動は目的を最低限達成するための抑制のきいた活動です。きくちさんの活動を含め。
 また、「水伝」に対する批判は、その他の科学的主張が受ける批判に比べて特に厳しいものとも思いません。
 「水伝」は科学で勝負する気なんかさらさらないのに科学の皮をかぶろうとするから批判されるんだけど、科学の土俵に上がって真正面から立ち会おうとした途端、チリも残さず一瞬で粉砕されそうな気が。

かく言うおらは、「水の記憶」に関してはまだ確信をもって支持するほど知識をもっとらんのが現状。ただし、非常〜に「ありえるな〜」っつ〜印象は持っとるっつ〜とこかな〜。

 水伝のことをよく知らないかた達は、「水の記憶」に関する知識を持つ前に、ぜひ「どんな条件を満たせば『水伝』は科学的な検証をパスし、正しいと言える様になるのか」「『水伝』が正しいとしたら、今正しいとされている諸説はどんな影響を受け、どのように修正される事になるのか」について、ゆっくりと考えていただければ。
 「確信をもって支持」が、科学的な正しさを含まないものであるなら、その必要はないけど。

マイナスイオンが体に良いという科学的な根拠はほぼ無いと言ってよい
ゲルマニウムを身につけたところで、せいぜいお守り程度の効果しか期待できない
テレビゲームをしすぎると脳の機能が壊れるというゲーム脳説に科学的に信頼しうる根拠はない

ここは、大概の人は「うんうん」とすんなり頷くとこかもしれんな〜。

 すんなり頷くヒトとビックリするヒトと、どっちが多いのか分かりません。すんなり頷くヒトが「大概」であるなら、ニセ科学批判の活動は実を結びつつあるのかも知れませんね。

「科学的な根拠はほぼ無いと言ってよい」「科学的に信頼しうる根拠はない」
↑これはおそらく事実だべ〜〜。いや。「効果がない」が事実というわけでねぐ「科学が認めていない」っつ〜点が事実っつ〜こと。
伊勢ちゃんの著書「科学と疑似科学の哲学」なんかを読んでみても、科学的な検査法っつ〜のはかな〜り厳しくて、あの鍼治療でさえ「科学的に信頼しうる効果はない」と研究者によっては判定されちまうほどなんだべ〜〜。

 鍼治療には(限定した適用範囲における)一定程度の効果が認められていると思ったけど、まあ個別の例は措いて。
 科学的な厳しさと科学の有用性はトレード・オフの関係です。科学が有用なのは、その厳しさがあるから。
 現時点で「マイナスイオン」を「体に良い」と認めてしまう程度の科学なら、有用性はゼロでしょう。
 将来マイナスイオンの健康効果が認められるようになる可能性はまあないことはないとして、その時の「マイナスイオン」は、今の「マイナスイオン」とは全く別モノに違いありません。

ただし、おらはこの判定に関しては「現時点においては」みたいだ条件的な注釈を付け加えるべきだと思うんよ〜。だって、現段階で科学的根拠がないとしても、未来永劫確定してるわけじゃね〜しな〜。

 科学的根拠が得られたらその時に採用すれば?
 将来科学的根拠が得られるかも知れないから今採用する、というのであれば科学的根拠の有無にはなんの意味もなくなります。「将来科学的根拠を得られる仮説」と「未来永劫科学的根拠を得られない仮説」とは、どうやって見分けるの?

 何回も書いていることだけど、科学的根拠が得られていないものを、「科学的根拠が得られていない」と認識した上でなら、使うかどうかは最終的には個人の選択の問題。
 でもね、科学的根拠を得られていないモノを、科学的根拠があると勘違いして使う人がいるとしたら、勘違いさせたヒトには当然批判が向けられます。

それに、これに関しては、まこっちゃん自身が言ってるじゃん。↓
『科学者に「マイナスイオンは体にいいのですか」と尋ねてみても、そのような単純な二分法では答えてくれないはずです。マイナスのイオンと言ってもいろいろあるので、中には体に良いものも悪いものもあるでしょうし、体に良いといっても摂り過ぎれば何か体に悪いことも起きるでしょうし・・・・と、まあ、歯切れの悪い答えしか返ってこないでしょう。それが科学的な誠実さだからしょうがないのです。』

科学者は単純な二分法では答えないんだと。
したども、まこっちゃんの「科学的な根拠はほぼ無いと言ってよい」「科学的に信頼しうる根拠はない」は明快に二分法だよな〜。

つまり、こ〜いうことかの〜〜?↓

条件: 科学者は単純な二分法では答えない。
仮定: 菊池誠は二分法で答える。
--------------------------------------------------
結論: 菊池誠は科学者ではない

ま〜、この結論からすっと、映像では偉そ〜なこと言っとるども、素人のたわ言ぐらいに受けとめとけ〜〜っつ〜ことかの〜〜。

 コレはですねえ、「一般に『ニセ科学』と呼ばれているモノは、単純な二分法をほとんど用いることのない科学者でさえ断言しちゃうのをためらわないレベルのシロモノ」と捉えていただくのが正解かと。「マイナスイオン」しかり、「水伝」しかり。
 私は今まで科学者、あるいは科学に造形の深いヒトたちのニセ科学に対する批判をいくつも見ていますが、きくちさんの表現はむしろ最も慎重な部類だと思います。

もう一つの評価「せいぜいお守り程度の効果しか期待できない」なんだども。

「お守り程度の効果」って一体なんだべ?って思わね?
迷信?気休め?人によって意見はまちまちだべども、これがなかなかバカにすべきもんじゃね〜んでね?っておらは思っとる。科学用語じゃプラシーボ効果っつ〜みたいだども。↓
http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Healthinfo/Pracebo.html
ま〜ここでは本題からそれちまうんで、詳しくは言わんども、おらの経験上、「プラシーボ」っつ〜現象が科学的な差別用語として使われるケースがままあるなと。
つまり、懐疑主義者の人が、

「ははは。そんなのプラシーボ効果ぐらいしか認められないよ〜〜」

っつった場合、意外とそれなりの効果があったりするケースがある。

 それなりの効果があるから、わざわざ「プラセボ効果がある」「お守り程度の効果」と表現しているんです。
 んで、「それなりの効果」がどれほどのものかってのは中世の平均寿命などを見ていただければよいかと(※3)。
http://www.tisen.jp/tisenwiki/?%BC%F7%CC%BF

 平均寿命30〜50歳。これが「それなり」のレベル。それで満足なかたももちろんいらっしゃるのでしょう。
 私自身はといえば、んー、寿命の長さ自体はあまり気にならないんですけど、自分や自分の家族、友達が死んじゃうのは嫌だなー、って考えると、やっぱり医療の恩恵を十全に受けられる社会のほうがいいです。

おらとしては、別に、マイナスイオンやゲルマニウムやゲーム脳説が真なのか偽なのかっつ〜点は、ほとんどど〜でもいいことだべ〜〜。
ただ、「科学的に信頼しうる根拠はない」とかいう、本来なら科学者がするはずのね〜二分法的発言を、「大阪大学の教授が言ってるから正しいんじゃない?」みたいだブランド効果で、一般の人方に植え付けよ〜としとる底意が、じわじわ〜〜と感じられるっつ〜こと。

 二分法については言及済みなので省略。
 ブランド効果はたしかにあるだろうと思います。「◯◯大学の教授が言ってるから正しいんじゃない?」みたいだブランド効果で、一般の人方に植え付けよ〜としとる底意」ってソレ、まさにニセ科学の特徴ですけどね。

 ブランドの影響は、ニセ科学批判の根本の目的からすれば意味の小さいものだし、本人の活動を離れたところで利用されるようになると有害性も問題になってきますが、幸い(?)今のところその心配はほぼないでしょう。リスクとベネフィットを天秤にかけた場合、「ブランド効果」を気にして、現在行われている活動を抑制しなければならないとは思いません。

 ところで、「知識をもっとらん」「ほとんどど〜でもいい」のであれば、ニセ科学の、少なくとも科学的な正しさの部分に含みを持たせるような言説をばらまかれるのはホント迷惑。

躾の根拠を科学に求めようとしてはいけない

↑これは、かなり不可解な主張だな〜〜。
確かに「躾の根拠」と科学はあんまし関連しね〜かもしれん。葬式の時、正座崩したからといって、死んだ人が浮かばれんなんつ〜話は聞いたことね〜し。
ただ、不可解なのは別の理由。
っつ〜か、ゲーム脳って躾の問題なんだべが〜?
「テレビゲームをやりすぎると脳が壊れる恐れがある」っつ〜のは、どっちかっつ〜と健康の問題じゃね?ま〜、「科学的に信頼しうる根拠はない」のかもしれんども、それを親御さんや先生方が心配して予防しよ〜っつ〜行為は、別に責められることじゃね〜と思うども。

 科学は躾の根拠にはならない、ゲーム脳は躾の問題ではない、という点に合意が得られているなら、「もし躾の根拠を(ニセ)科学に求めようとしている人がいれば」という枕詞をつけて読んでもらえばいいのではないでしょうか。

さ〜て、いよいよ当トピックの本題だども。

 ここから本題だそうです。

「言葉の良し悪しが氷の形に影響を与えるという主張」は、確かにその道の研究者によって提唱されてるもんだよな〜〜。↓

『水に音楽を聞かせたり、文字や写真を見せたり、あるいは祈りや気のエネルギーなどの人の意識を水に作用させたりすることによって、水の結晶の形が変化することが示唆されています』
http://www.pranichealing.jp/pdf/Subtle-2007.pdf
したども、これが絶対的に正しいっつ〜結論をもって断言されてるもんではないわけだよな〜。↓
『こうした現象について、さらに詳細かつ科学的な研究を進めていくためには、二重盲検法などを取り入れて、実験条件を再現性・客観性のある形に整えていくことが重要でしょう。』
いやよ〜、これが正しいか正しくね〜かは別として、そんただ可能性がありそ〜だっつ〜んなら、研究するぐらい悪くね〜んでね?っておらは思うんだども。

 悪くないです。
 検証されていないものを、検証されていないものとして扱うのであれば、文句があろうはずがありません。
 悪いのは、ロクに確かめられてもいない思いつきレベルの言説を、科学的な根拠があるようなフリをして世間一般に広めたり、それを商売に利用したりするような行為です。
 なお、

『水に音楽を聞かせたり、文字や写真を見せたり、あるいは祈りや気のエネルギーなどの人の意識を水に作用させたりすることによって、水の結晶の形が変化することが示唆されています』

 これについて、全く示唆されていない、という指摘がされているんです。「示唆」を得るにも、必要なことってあるんですよ。

しかるに、このまこっちゃんは、『そんなばかなことはありません』ってきっぱり否定してるわけだよな〜。これも前述の「科学者は単純な二分法では答えない」に反する行為だよな〜。

 二分法については(ry。
 科学者にきっぱり否定されたとしても、やりたければ研究は続ければいいんじゃないですか? 別にとめません。
 え、科学者に否定されたからスポンサーに逃げられた? うーん、それは順序が逆で、科学でないモノを「科学です」って言うから、科学の側はわざわざ「それは科学じゃありません」って言わなくちゃならなくなるんです。

いやよ〜、水に目や耳がね〜のは確かにおらでもわかるべ〜〜。したども「心」がないっつ〜のはど〜やって確かめたんだべ?大体、今の科学で「心」を確認する方法は確立しとるもんなのけ?
いやよ〜、この問題、簡単に否定すんにゃ〜複雑な要素がいっぺ〜あるんでね?
確かに、水はただの物質でそれ自体にゃ〜なんの能力もないかもしれん。したども、もしかしたら人間の「心」のほうに水を変化させる力があるかもしれん。そんな可能性は否定できるのけ?

 うん。
 「いい大人が信じる話ではない」と言える程度には。
 「心を確認する方法は確立していない」というのは、そもそも「心」の定義がはっきりしていない、という意味を含めてそのとおりかも知れませんが、とにかく「心」と呼ぼうがなんと呼ぼうが、それが何かしらの影響を与え、水の性質を変化させる力があるかも知れない可能性、について「そんなばかなことはありません」と言ってしまえる程度には。

>この問題、簡単に否定すんにゃ〜複雑な要素がいっぺ〜あるんでね?

 断言している、イコール簡単に否定している、ではなくて、この否定には断言するに値する重みがあるわけです。逆に「水伝」が一体科学のナニを否定しようとしているのか、について考えてみていただきたいところ。
 「簡単に否定すんなよ」って言いたいのは多分科学者のほう。

『この説が、いくつもの小学校で道徳の授業に使われていることが問題になっています。』

問題になってんのけ?一体どこで誰が?

 えーと、そもそもきくちさん自身が、道徳の授業で使われていたことをキッカケとして水伝を問題視するようになったんですが。
 まあ、「どこで誰が」が知りたい場合は、「水伝 授業」あたりでネット検索するといくつかヒットするだろうと思います。
 私が知っているのは以下のようなところ。

体験談募集:再
「水からの伝言」を知っていますか?
「水からの伝言」は、なぜ授業に用いられたのか

 また、今では削除されてしまいましたが、TOSSランドには水伝の教育コンテンツが掲載されていました。現物は見られませんが、当時この問題に言及していたサイトがあります。
「TOSSランド」(教育技術法則化運動)へのコメント(2003/02/03)

っつ〜か、道徳っつ〜やつは、100人いれば100人意見が違うもんでね?ど〜しても全員意見を合わせなきゃなんね〜っつ〜もんじゃね〜よな〜。それをやっちまったらファシズムだべさ。

 うん、だったら道徳の授業で「水伝」を使うのは、絶対にやめるべきですよね。以下のようなやりとりが、多分自然だと思います。

「水に『ありがとう』と言葉をかけるときれいな結晶になります。『ばかやろう』と言葉をかけると結晶になりません。みんな、ヒトには『ありがとう』と言うようにしましょう。『ばかやろう』という言葉は使わないようにしましょう」
「道徳っつ〜やつは、100人いれば100人意見が違うもんでね?ど〜しても全員意見を合わせなきゃなんね〜っつ〜もんじゃね〜よな〜。それをやっちまったらファシズムだべさ」

ニセ科学が受け入れられるのは、科学に見えるからです。つまり、ニセ科学を信じる人たちは、科学が嫌いなのでも科学に不信を抱いているのでもない。むしろ、科学を信頼しているからこそ信じるわけです。

そ〜とも言いきれねんでね?って思うべ〜〜。
人が一見怪しげなもんを信じるのは、怪しげなもんにも何らかの「真」が隠されてんでね〜か?って思うからだと、おらは考えるのよ〜〜。ある意味、そんただ人方は、科学の限界を察知しとるのかもしれん。ま〜『不信を抱』くほどきっぱりと否定しとるわけではね〜と思うども。
ま〜、このまこっちゃんの見解っつ〜のはよ〜、科学畑に育てられ「科学は絶対なのよ〜〜。それだけが真実よ〜〜。」って躾けられた人ならではのもんでね〜かの〜〜。
大抵の人は、ある程度科学に信頼を置きはするども、科学が認めね〜もんもそれなりに信じとるべ〜〜。神様とか。霊魂とか。来世とか。

 神様、霊魂、来世がニセ科学だと言っているヒトはいませんね(※4)。
 でももし「神様の存在は科学的に証明された!」と根拠なく言い出し、広めるヒトがいて、それを「科学として」信じるヒトが大勢出てきたら「ニセ科学」と言われるようになるかも知れません。ゾッとしますけど。
 きくちさんの文章への反論なら、非科学を信じる例ではなく、ニセ科学を信じている人たちはそれを科学として信じているわけではない、というコトの根拠を挙げるべき。

単純な二分法では答えないのが科学的な誠実さ
ところがニセ科学は断言してくれます。マイナスは良いといったら良いし、プラスは悪いといったら悪いのです。
このように、ニセ科学は実に小気味よく、物事に白黒を付けてくれます。この思い切りの良さは、本当の科学には決して期待できないものです。

ここが、マジックっつ〜かテクニックっつ〜か。ついさっき、『小気味よく、物事に白黒を付け』とった人がよく言うよって、おらなんか思うんだども。

 えーと、もう繰り返さなくていいよね(^-^;

(②へ続く)

 続くのかよ! と思って見に行ってみたけど、うーん、今度は進化論・・・
 そうですね、NATROMさんのサイトをトップページだけでも眺めていただければ。

 「進化論と創造論」のトップページ
 同サイト内の、「過去のQ&A」のページ

 って言うかね。
 一部の科学・科学者に誤謬や欺瞞がないとは言わないけど、それを指摘するならするで、成り行き任せに聞きかじりの知識で科学を否定し、ニセ科学を擁護しようとするのは、本論の重みを失わせるだけの行為だと思います。

<注釈>
※1
 多分「シムズの同心球理論」や「ティードの空洞宇宙起源論」なんかも併記しないといけませんね。
 マーティン・ガードナー「奇妙な論理」

※2
 科学/ニセ科学以外の部分が批判されることもあります。「水からの伝言」が科学を装っていなかったとしても、それを有効に活用できる場面はごくごく限られていて、その意味ではたしかに「出来が悪い」ですね。
 ちなみに、自然科学以外の切り口の批判としては、以下のようなものがあります(※5)。

「水からの伝言」に言語学の立場から反論する
「「あ」という音はない」
「水からの伝言」って何だ
水に芸術はわからない

※3
 もっとも現代社会は衛生管理がしっかりしているので、完全にプラセボ効果だけに頼ったとしても、平均寿命は中世の人たちよりも長くはなるでしょう。医療を拒否するヒトたちが自分たちの行為の正しさを確信していられるのもそのためだろうと思います。
 でも、その衛生環境の実現にも科学が活用されているわけで、なんというか、科学にオンブされながら科学を小突くのはやめて欲しいです。それなんてツンデレ?

※4
 いたら紹介して欲しい。批判するのでw あ、でも2ちゃんはパス。

※5
 TAKESANさんのブログからカンニング。

文科系的水伝批判

|

« 日経サイエンスの記事で代替医療に言及されていた | トップページ | 「ホメオパシーで長女死亡」助産師と母親和解 山口地裁_asahi.com »

「ニセ科学批判」批判について」カテゴリの記事

コメント

投稿: 名もなき詩人で地球市民のうるとららっきー | 2011年1月12日 (水) 13時39分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/204975/38050438

この記事へのトラックバック一覧です: おしなべて「それガイシュツでつ」的な。:

» 因習科学信望者への回答〓 [命のデモ行進]
私に記事にトラックバックを付けてくださった方がいらっしゃいます。↓ おしなべて「それガイシュツでつ」的な。 http://t2sy8u.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-6a92.html トラックバック元記事↓ 菊池誠は科学者か? http://blogs.yahoo.co.jp/iraku3202/597357.html 基本的にこの方の意見は、菊池誠に代表される「水からの伝言」否定キャン..... [続きを読む]

受信: 2011年1月27日 (木) 09時57分

« 日経サイエンスの記事で代替医療に言及されていた | トップページ | 「ホメオパシーで長女死亡」助産師と母親和解 山口地裁_asahi.com »