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境界線。

 なんかもうすでにまとめが存在しているので、私はただの感想。

 トンデモ?なコトを信じていた過去をニセ科学批判者(と目されているヒトたち)が公開する、というのがプチ流行。
 以下のリンク先から、現時点のものはほぼ縦覧できると思います。

発声練習さま
 「過去にトンデモな情報を信じていたのは何故か?」についての各自の考察

思索の海さま
 科学コミと熱意の非対称性の問題(とおまけ)

 非科学を信じることが黒歴史だとは、私なんかは思わないんだけど、まあ、科学と対立する存在として位置づけ、信奉していたら、やっぱり黒歴史なのかな? この辺は、私がオカルトに詳しくないので、ちょっとうまく捉え切れてないかもしれません。

 ニセ科学批判者と目される人たちの中でも、少なからぬ人が、過去オカルトや疑似科学にはまっていたっていうのは、ちょとビックリ。まあ、テーマがテーマですから、そういった面を特に強調なさっておられるのでしょうけれど。

 まあでも、小さいころにお化けやオカルトやUFOを信じるのはむしろ当たり前、ですよね。だって、科学と非科学を切り分ける境界線自体を認識していないんだから。子供にとって幽霊やUFOは科学でも非科学でもない。で、信じる(もしくは信じない)。

 科学と非科学の境界線がわからない、というのは、科学とは何か、という問いに答えられないというコトであり、あるモノが科学に裏打ちされているのか、そうでないのかが判断できないというコト。
 だまされないために、リテラシーを身に着けることの重要性がよく指摘されますけど、この場合に必要なのは単純に科学の知識を多く身につけること、ではないですよね。
 境界線を認識すること、そして、境界線の向こうなのか、こちらなのか、はたまた境界線上なのかを、判断するための手段を持つこと、なのだと思います(多くの知識がその助けになることはあるでしょうけど)。

 わたし自身は、科学と非科学、という構図を意識するようになったのは、中学の終わりか高校のアタマくらいだったかなあ。
 ちょうどその頃に、科学の限界を強く意識するようにもなったんだけど、両者がリンクしてたのかどうかはわかりません。

 ただ、科学(的)であることの意味と意義、非科学(的)であることの意味と意義などをよくよく考えるようになったのは、kikulogなどに目を通すようになってからで、それまでは単に「科学と名のつくモノ」、「それ以外のモノ」という切り分けしかできていなかったように思います。

 そしてもし、それ以前にニセ科学に傾倒していたら、「なによ、科学なんて万能でもなんでもないんでしょ? じゃあなんでコレが間違ってるなんて言えるのよ」とか、「すっげー上から目線。自分のやってるコトが正しいって思い込んでる人間って、ちょー頭固いよねーw」くらいのコトはふつうに言っていたかも・・・って、やべー、むっちゃリアルに想像できてしまった(^-^;

 けっきょく、彼岸と此岸なんて紙一重なわけで、むしろこれから黒歴史を作っちゃわないように気をつけます。はい。

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ニセ科学考」カテゴリの記事

コメント

ぼくはたぶんいまでもオカルティストなので、なんか誰の参考にもならないかな、とか思ってやめにしました。あはは。

投稿: pooh | 2011年7月25日 (月) 07時45分

poohさん、こんにちは。

 そ、それは逆に興味をそそられるかも(^-^;

 オカルトと聞くと「エロイムエッサイム・・・」とか「等価交換の法則が・・・」とかが即座に思い浮かぶ私の知識はゲームやマンガ由来のモノばっかです。

投稿: ハブハン | 2011年7月25日 (月) 20時31分

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