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読書感想_毒と私(7)

 前回の続きです。このあとしばらく更新できなくなっちゃうので、今日がんばる。

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<ホメオパシーは効果のある療法?>

 ホメオパシーそのものについてはコレまでも何度も触れてきましたけど、また書いてみます。

(p.10より引用)

 以上の点から、今回の朝日新聞社を始めとする新聞社によるホメオパシーに対するバッシングは、明らかに間違いであると言わざるを得ません。

 ここまで読み進めてきましたけど、間違いと判断する材料には乏しいと思います。

 彼ら反対派は、ホメオパシーのレメディは現代科学では効果が証明されていないものであると主張しています。事実は、効果ありとする多数の論文と効果なしとする少数の論文が混在している状況であります。

 正確には、「証明されていない」ではなくて、プラセボ(偽薬)と同程度の効果である、つまり、効果がないと見なされています。敢えて「証明」というコトバを使うのであれば、「効果がないことが証明された」と言えます。
 この辺は「代替医療のトリック」を読んでいただくのが良いと思うのですが、概要だけざっくりと書いておきましょう。
 世の中にはホメオパシーの効果に肯定的な論文が確かに存在します。ですがそれらは、その結論を受け入れるには致命的な問題を抱えているのです。

 人間は、何も無いところにパターンを見つけてしまったり、自分の見たいものを見てしまう生き物です。「何か効果があるのではないか」と思っているヒトが、必要な手順を守らずに安易でずさんな実験を行うと、「効果あり」という結果がごくカンタンに得られてしまいます。

 二重盲検(ダブルブラインドテスト)という言葉を聞いたことがあるかたは結構多いのではないでしょうか。
 医薬品の臨床試験などで用いられる手法ですが、被験者を二群に分け、片方に偽薬(効果がないことが明らかな物質)を、もう片方に効果を確かめたい薬を投与します。偽薬を与えるのは、「薬をあたえる」という行為そのものに被験者が影響を受け、なにも投与しなかった場合に比べ、良好な結果が得られてしまうためです。
 薬を与えないグループよりも良好な結果だったとしても、偽薬でも同様の結果が得られているのであれば、薬の効果はないと判断されます。「プラセボと同程度」というのは、「効果がない」と同じ意味です。

 薬を投与するときに、被験者が、どちらが本物の薬であるかを知っていると、そのことに影響を受けて正しい結果が得られないため、被験者はどちらが本物かを知らない状態にします(ブラインドテスト)。
 でも、それだけでは不十分。
 実施者(被験者に薬を与える人間)が、どちらが本物かを知っていると、実施者の無意識の所作が変化し、それが患者に影響を与えてしまったり、また実施者が結果を判定するときに、知らず知らずのうちに自分の期待する結果に近い判断を下してしまったりして、やっぱり正しい結果にならないことがあるため、実施者にもどちらが本物か分からない状態にする必要があります(ダブルブラインドテスト)。

 しっかりと実験計画を組んで厳密に実施しないと、ブラインドにしているつもりでもどこかから情報が漏れて、結果に影響を与えてしまいます。
 「効果あり」と結論づけられているホメオパシー関連の論文には、こういった不備のあるものが多いのです。
 不備がある論文を取り除き、厳密に臨床試験が行われたものだけを残すと、プラセボと変わらない、つまり効果がないという結果が得られた、というコトです。

 もうちょっと書きますね。
 片方のグループに、レメディを染み込ませた砂糖玉を投与します。
 もう片方のグループに、ナニもしていない砂糖玉を投与します。
 患者も、ホメオパスも、投与された/した砂糖玉がレメディかどうかを知らない場合、それぞれのグループの結果には偶然以上の差は出ない、というコトです。

 ホメオパシー関連の情報(特に論争)を見ていると、「ランセット論文」っていう単語を目にする機会があるかも知れません。これが、まず各論文の妥当性を評価した上で、適正な論文だけを集めてみたらホメオパシーの効果に否定的な結論が得られた論文のコトをさしています。

 著者は

百歩譲って、効果なしとする論文に、より妥当性があるとしましょう。

と書いていますが、「効果なしとする論文」とはおそらく、ランセット論文のことを指しているのでしょう。
 ここで注意したいのは、この論文が、様々な論文の適切性をまず評価する、という特殊な過程を経た上で結論づけられている、というコトです。妥当なものだけを集めているのですから、「より妥当性がある」のは、べつに百歩譲らなくても明らかです。
 受け入れがたい結果であるだけに、ホメオパシー側からの反論も多いのですが、反論に説得力を持たせるためには、結論の部分にではなく、手法の部分に対して批判を加える必要があるでしょう。
 ・・・いや、その前にまず、上で書いた二重盲検を含め、臨床試験の手順をしっかりと理解するところから始めるべきかも知れませんが。

百歩譲って、効果なしとする論文に、より妥当性があるとしましょう。だとしたら、なぜこれだけ多くの人が、実際に効果があったという体験をしているのでしょう。

と書かれていたりすると、特に強くそう感じます。
 臨床試験についてしっかりとした理解があるなら、「なぜ効果がないのに、多くの人が『効果があった』と感じるのか」という問いに対して、複数の答えを即座に導き出せるのではないでしょうか。

ホメオパシーは世界中で推定10億人が親しんでいる、漢方の次にポピュラーな療法です。

 はからずも「親しんでいる」という表現が、ホメオパシーの本質を言い表しているようにも感じました。通常の医療は「親しむ」ものでは、ないかも知れませんね。

2009年3月、イギリス議会下院科学技術委員会は、ホメオパシーの有効性に関して証拠がないため、国民健康保険の適用を外すべきだとの報告書を提出しましたが、政府は正式にこれを却下しました。医師と患者は治療法の選択の権利を持つべきであるとの立場からです。妥当な見解だと私は思います。

 政府が却下したのは確かです。と同時に、政府は「ホメオパシーは効果がない」という報告書の内容を否定していないことも併記しておくべきかと思います。保険適用の継続は政治的判断、というコトです。

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コメント

その本の13ページに「はじめに」の締めくくりのような感じで、
> 「毒」とは、このバッシングの中でホメオパシーに張られたレッテルです。
と、書かれています。
これには、apjさんの言葉でお返ししたいですね。
http://www.cml-office.org/ehold/?logid=6194
> ニセ科学批判はレッテル貼りではなくレッテル剥がし
由井氏がホメオパシーに貼った医療と紛らわしいレッテルを朝日新聞が剥がしたわけです。

投稿: mimon | 2011年9月11日 (日) 23時46分

mimonさん、こんにちは。お返事遅くなりました(^-^; 長期出張中で、アクセスがままなりません。

次かその次ぐらいには、mimonさんご指摘の個所に言及できるのではないかと思います。

apjさんがお書きのことは、ストンと腑に落ちます。羊頭を掲げて狗肉を売るヒトがいたら、きちんと羊肉を販売しているヒトが「あれは狗の肉だよ」って消費者に注意を促すのは当たり前のことで、レッテル貼りでもなんでもないですよねえ。
どうも「あいつらはレッテル貼りをする人間だ」というレッテル貼りのような(^-^;

投稿: ハブハン | 2011年9月18日 (日) 23時11分

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