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電子レンジ有害論(5)_ランセット論文

<前回までのエントリ>
電子レンジ有害論(1)_まずは電子レンジの仕組みから調べてみた

電子レンジ有害論(2)_電子レンジのナニが有害だと言っているのか

電子レンジ有害論(3)_有害論の元ネタを確認してみた_Hans Hertel氏のゆってること

電子レンジ有害論(4)_有害論の元ネタを確認してみた_Lita Lee博士のゆってること

 前回まで、電子レンジ有害論の主張を追ってきましたが、だいたい以下のようなコトが分かってきました。

(1) 電子レンジ有害論のほとんどは、Hans Hertel氏およびLita Lee博士の二人の主張に基づいている。
(2) ランセット論文に載った、と書かれているサイトもあるが、ランセット論文に載ったのは数ある主張のうちの、アミノ酸の異性化に関する部分(論文の題名は「Aminoacid isomerisation and microwave exposure.」)。
(3) 主張の内容は、大きく二つに分けられる。
    a. マイクロ波による食品の変成
    b. その他

 この時点での私の感想は、「ま、ありえないコトじゃないんじゃね?」というものでした。

「水が言葉によって結晶の形を変える」
「物質が1分子も残らなくても、その情報は水に写し取られていて、人に影響を与える」

などといったコートームケイな主張に比べれば、「電磁波によって物質が変成する」というのは、実際にあったとしても不思議ではないと思います。
 一方で、「あらゆる物質がガン化する」「発がん物質も出来るし、異性体も出来るし、リンパ系にも消化器系にも悪影響を与えるし、心臓発作の原因になるし、いらいらもする」というような、いわゆるニセ科学に典型的なオールマイティすぎる主張もされていて、ぱっと見、非常にうさんくさいのも確か(^-^;

 世のなか、「あっても不思議じゃないけれど、調べてみるとやっぱり無いもの」なんていくらでもあるわけで、ここはやっぱり、主張がどれだけしっかりした根拠に拠っているか、を確認するべきなのだろうと思います。
 「電磁波によって物質が変成する」っていうのも、放射線なら分かるけど、マイクロ波だとどうなのか。さらに、電子レンジに使われる波長だとどうか。

 んで、調べた中で最も強力な根拠を持っているモノとなると、やっぱりランセット誌に論文が載ったアミノ酸の異性化、でしょうか。まずはそこから見ていきます。

 ・・・と、本当ならここで、論文の中身をご紹介したいところなんですけど、お金を取られてしまうので(爆) 周辺の情報からだいたいのあたりをつけてみたいと思います。まあ、私のレベルだと本文を読んでも評価できるわけはないから、結局は同じなのです。開き直りって、大事よね。

 肝心の論文は題名しか分からなかったので、どこかに情報が載っていないか探したところ、この論文に言及している別の論文がヒットしました。

<リンク14>
Evidence for the absence of Amino Acid Isomerization in Microwave-Heated Milk and Infant Formulas

 こちらも有料ですが、アブストラクトの部分は無料で閲覧できて、そこで件の論文に言及されています。っと、以下はやっぱり、ちょー意訳になっています(^-^;

According to a recent paper (Lubec et al., 1989), microwave heating of milk or reconstituted infant formulas could induce the inversion of amino acid residues to a significantly higher extent than conventional heating. In this study, UHT milk and three different infant formulas were heated under two sets of conditions: 600 W for 3 min and 70 W for 20 min. When the proportions of D-amino acids were measured after acid hydrolysis, no significant differences could be found between untreated and treated samples On the basis of these results, it is concluded that heating of milk or infant formula in a microwave oven under conditions corresponding to those normally applied for heating food does not induce significant inversion of protein-bound amino acids.

最近の論文(Lubec et al., 1989)によれば、ミルクあるいは再構成された乳児用調合乳のマイクロ波加熱は、従来の加熱よりもはるかに高率でアミノ酸残基の変性を引き起こす可能性がある。われわれの研究では、UHTミルクおよび3つの異なる乳児用調合乳が2種類の条件(600Wで3分および70Wで20分)で加熱された。酸加水分解の後D-アミノ酸の比率を測定したところ、処理されたサンプルと処理されていないサンプルの間に著しい違いは見られなかった。これらの結果から、食物を熱するための電子レンジの通常の使用によるミルクあるいは乳児用調合乳の加熱は、蛋白質結合アミノ酸の重大な変性を引き起こさないと結論付けられる。

Structural and chemical changes occurring in food proteins on processing may produce undesirable nutritional effects. One of the possible changes is amino acid isomerization. The conversion of L-amino acids in food protein into D isomers generates nonutilizable forms of amino acids and creates peptide bonds resistant to proteolytic enzymes (Freimuth et al., 1978; Masters and Fridman, 1980; Friedman et al., 1981; Bunjapamai et al., 1982; Tover and Schwass, 1983; Jenkins et al., 1984; Friedman and Gumbmann, 1984).
(中略)
The conclusion that may be derived from those studies is that significant isomerization only occurs under excessive conditions of temperature, alkaline pH, and/or treatment time. Temperature and pH prevailing under normal foodprocessing conditions produce negligible amounts of D-amino acids.

処理に伴って食用タンパク質に生じる構造上のまたは化学的な変化は、栄養学的に不適当な効果を生む恐れがある。考えられる変化の1つはアミノ酸の異性化である。食べ物のタンパク質中のL-アミノ酸のD異性体への転換は、利用できないアミノ酸の形式を生成し、タンパク質分解酵素に強いペプチド結合を形成する(Freimuth et al., 1978; Masters and Fridman, 1980; Friedman et al., 1981; Bunjapamai et al., 1982; Tover and Schwass, 1983; Jenkins et al., 1984; Friedman and Gumbmann, 1984)。
(中略)
それらの研究からみちびかれるであろう結論は、単に温度、アルカリのpHおよび(または)処理時間の過度の条件の下で重要な異性化が生じるということである。通常の食品加工条件における温度およびpHでは、Dアミノ酸の生成は無視できる量である。

Recently Lubec et al.(1989) reported that microwave heating induced higher racemization rates in food proteins. In particular, D-proline and cis-D-hidroxyproline were reported to have been found in significant amounts in microwave-heated infant milk formulas. Allegedly, following absorption these isomers could theoretically be incorporated into peptides and proteins leading to structural, functional, and immunological changes. it was further noted that D-proline had been reported to be neurotoxic when injected in the brain of chicks (Cherkin et al., 1978). On the other hand, there has been no report of D-amino acid residues being incorporated into protein biosynthesis in humans or in any animal species, and the soundness of Lubec's biological and toxicological considerations have been convincingly rebutted (Segal, 1990a,b; Lubec, 1990).

最近、Lubecら(1989)は、マイクロ波加熱が食用タンパク質中に高い比率でラセミ化を引き起こすと報告した。特に、D-プロリンおよびシス形のD-ヒドロキシプロリンがマイクロ波で加熱した乳児用ミルクで大量に見つかったと報告された。主張によると、吸収後のこれらの異性体は、理論的には、ペプチドやタンパク質に取り込まれ、構造、機能、および免疫学的変化につながる可能性がある。ひよこの脳に注入された時、Dプロリンが神経毒性を持つことが報告された(Cherkin et al., 1978)ことで、この主張はさらに注目された。一方で、人間や動物の中の蛋白質生合成に取り込まれたD-アミノ酸残基の報告はない。そしてLubecの生物学・毒物学上の考察の有効性に対し、説得力のある反論がなされている(Segal, 1990a,b; Lubec, 1990)。

The enhancing effect of microwave heating on amino acid isomerization was apparently supported by the results of Chen et al. (1989), who observed the complete racemization of free amino acids after less than 2 min of microwave irradiation. These results, however, were obtained for amino acids dissolved in acetic acid in the presence of benzaldehyde and heated in sealed vials with the temperature reaching above 200 C at the end of the irradiation period. Such conditions do not compare well with normal cooking procedures.
(以下略)

マイクロ波加熱によるアミノ酸異性化の促進効果は、チェンらの結果(1989)に支持されるように見える(2min未満のマイクロ波放射の後に遊離アミノ酸の完全なラセミ化を観察した)。しかしながら、これらの結果はベンズアルデヒドが存在する状態で酢酸に溶解し、密封したガラス瓶の中で放射期間の終了時には200℃を超える温度で加熱されたアミノ酸において得られたものである。通常の調理法で、そのような条件になることはない。

 さらにもうひとつ。

<リンク15> 
Heat treatment of milk in domestic microwave ovens
 

This review deals with the “state of the art” regarding microwave heating of milk using household equipment with a frequency of 2450 MHz. The effect of microwave heat treatment depends on the quantity of the product and the geometry of the vessel used. Microwaves do not penetrate deeply into food which can lead to overheating at the surface or to insufficient warming of the total product. In some cases, infant formulae heated to too high temperature by microwaves were found to be hazardous for infants due to scalding and burning. The literature on the effects of microwave heat treatment on microorganisms and nutrients in milk, such as proteins, enzymes and vitamins, is inconsistent. Reported values are combined in tabular forms. Different parameters are included such as the conditions of heat treatment, type and volume of product, the power of the oven, the temperature and time of exposure. The formation of D-amino acids in microwave heat-treated milk, which was indicated some years ago, results from extreme heat. Household equipment does not use these conditions. Therefore, fears about the formation of D-amino acids in microwaved milk can be ignored. Biological experiments showed no evidence for the hazards of microwave heat treatment of milk.

このレビューは、周波数2450MHzの家庭用電子レンジによるミルクのマイクロ波加熱に関する最新のものである。 マイクロ波熱処理の影響は、対象の量、及び使用する容器の形状に依存する。 マイクロ波は食品に深く入り込まないため、表面の過熱や食品全体の加熱不足が起こることがある。いくつかのケースでは、マイクロ波によって乳児用人工乳が熱くなりすぎ、幼児にやけどを負わせる危険があることが分かった。微生物ならびにタンパク質、酵素およびビタミンのようなミルク中の栄養素に対するマイクロ波熱処理の影響についての文献は首尾一貫していない。報告されている値を表にまとめた。熱処理の条件、食品の種類や量、電子レンジのパワー、温度や暴露時間のようなパラメーターは、異なるものが含まれている。数年前に報告された、マイクロ波で熱処理されたミルクの中のD-アミノ酸の形成は、極度に高い熱に起因する。家庭用の電子レンジがこれらの条件で使用されることはない。したがって、電子レンジで調理されたミルク中にD-アミノ酸が形成される恐れは無視することができる。生物学的実験では、ミルクのマイクロ波熱処理の危険についてのエビデンスは示されなかった。

 ということで、ざっくりまとめると、

1.1989年にLubecたちがアミノ酸の異性化を報告したけど、こっちの研究ではそんな結果は得られなかったよ
2.たんぱく質の変成に関する研究をまとめると、過酷な温度やpHの時に異性化が生じるって事であって、それらは通常の条件だと無視できる量だよ
3.ラセミ化が起こった実験は、ベンズアルデヒドと酢酸に溶解して、200℃に過熱して・・・みたいな感じで、普通の調理法ではそんな条件にはならないよ

てな感じです。

 反証論文ひとつやふたつで、間違っていた!なんて結論付けるのは性急です(中身も見てないし)。でも、専門家の間で大枠ででもコンセンサスが得られていないものを、私たち一般の人間が正しいものとして拠り所にするのはそれこそ性急なんじゃないか、という判断ができればいいのかな。(※2)(※3)

 査読つきの学術誌に掲載されるというのは、もちろんそれだけ重みのあることですけど、その中でもさらに重み付けには差がある、ってコト。
 ある主張に対して、社会で採用する(いろいろな施策に反映する)かしないかの判断基準を、私はだいたい以下のような感じでとらえています(※4)(※5)。

1.関連する論文が大量にあり、主張を支持する(反証でない)物がほとんどで、反証の論文は無いか、あってもわずかである。他の知見とも矛盾しない。
>>
2.関連する論文が相当数あり、主張を支持する物がほとんどである。
>>>(越えられない壁)>>>
3.関連する論文が相当数あり、主張を支持するものと支持しないものが拮抗している。
>>>
4.関連する論文が一報のみであるか、あるいはわずかである。
5.関連する論文が相当数あり、主張を支持しないものがほとんどである。
>>>>>>>>
6.論文が無い

 電子レンジは広く浸透していて、しかも食・健康に関する問題ですから、最低限3番のような状況になったら、予防的に対処するべきかもしれません。
 でもまあ、現状は4番、5番あたり、ですよね。

 さて、上で見てきたように、少なくともアミノ酸の異性化に限って言えば、論文もあるし、(否定的だけど)関連論文もあるし、内容を見て(私は見てないけど)その正当性をウンヌン言える状態にはあるわけです。
 じゃあ、それ以外の主張はと言うと・・・

(次回に続く)

<注釈>

※1
 数千円もかかるんですよぅ・・・企業や研究機関ならぜんぜん払えるんでしょうけど、一般市民には縁どおい世界ですねえ。

※2
 ここで、「いや、企業が画策して反証されたかのような印象操作を・・・」とか「政府が正しい情報を封殺・・・」とか思っちゃう人に対する説得材料にはならないですけど、まあそういう人はそもそも説得されないんで(^-^;
 前々回リンクした海外の電子レンジ有害論を展開しているサイトはまさにそんな感じで、Hertel氏に対して起こされた訴訟の経緯をこと細かに紹介していましたね。

Mercola.com

 原告や裁判所の意図まで含めて、ここに書かれていることがもし仮に事実だったとして、Hertel氏の主張が完全に間違っていても同様のことは起こります(むしろより起こりやすい)よね。

※3
 わからないことについては、安全側に基準を置くべきだ、という考え方もありますが、論文にしろ、一般の情報にしろ、電子レンジあるいはマイクロ波についてはかなりの数の実験や検証が行われているわけで、そんな中、危険であるという有力な証拠が出てこないというのは、電子レンジを安全なものとみなすに十分な状況かな、と思います。まったく調べられていないならともかく。
 遺伝子組み換え食物にしろ、ナノテクノロジーにしろ、放射線にしろ、そしてマイクロ波にしろ、研究が緒についたばかりの状態で「未知の危険があるかもしれない」と判断するのは別におかしくないですよね。問題はいつまでそれを引きずるのか、ということで。

※4
 こういう判断基準って「権威主義」に見えちゃうかも知れないし、実際「権威」を重視しているわけです。
 「権威主義」って否定的なニュアンスで使われがちですが、そもそも社会で暮らす以上「権威」が機能するのは当たり前かつ必要なわけで、あとは、なにを「権威」とみなすのが妥当か、ってだけの話ですよね。まあ、そこの食い違いが大きいんですけど(^-^;

※5
 この判断基準はあくまで社会・生活のなかに取り込むかどうかの、ごく限られた範囲での基準です。例えばニッチな分野で論文数が少ないものを、重要じゃない、正しくない、なんて判断してしまうのはうまくないですよね。
 ただまあ、そういったものも社会の中で重要と認識されれば研究数も増えていき、結局はこの中で判断できるようになって行くのだろうと思います。

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