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2012年4月

なにかを選択することは、他のなにかを選択しないということ

 ケータイをiPhoneに換えてからもう1年以上。それまで使っていた普通のケータイと比べておー、ってところもあれば、んー、ってところもあるけれど、おおむね満足しています。
 iPhone(スマホ)の面白さって、やっぱアプリの面白さかな。位置情報だとか、加速度センサだとか、ハードが備えているユニークな機能をいかす、ユニークなアプリがいっぱいあって、買ったばかりの時にはいろいろなアプリを試して楽しんでいました。

 今は主にナビ(※1)やブラウザ、リーダーを使うことが多いのですが、その中のひとつに産経新聞のアプリがあります。iPhone版は無料で閲覧できます(iPad版は有料)。
 んで、産経新聞の2010年12月19日付けで面白い?コラムが載っていました。

 画家(日本芸術院会員)の絹谷幸二氏のコラム(※2)なんですが、プラセボ効果のことを初めて聞いたヒトはこんな印象を持つのかも知れないなあ、という内容なので、ちょっとご紹介。

 っと、1年以上前のコラムをなんで今さら紹介するかって言うと、メモっといて忘れてたのを発見したからですw

『 アートな匙加減 』     2010.12.19 

画家(日本芸術院会員)絹谷幸二 
「過程を見つめ直すとき」

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とても分かりやすい基準ではあるのだけど

 こんな記事を見つけました。

腹囲パスの非メタボ、高血圧などあれば保健指導

 厚生労働省は、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に注目した特定健診・保健指導(メタボ健診)で、腹囲が基準値未満のため「メタボ」とみなされない人でも、高血圧や高血糖などの危険因子を持つ場合、きめ細かな保健指導を行うよう、事業者や市町村に求める方針を決めた。

 男性85センチ、女性90センチの腹囲基準は見直さず、新たな保健指導は、メタボ健診制度とは別の枠組みで行う。同省の「健診・保健指導の在り方に関する検討会」で28日に中間とりまとめを行い、2013年度の制度見直しに反映させる。

 現在のメタボ健診は、腹囲が基準を超え、高血圧、高血糖、脂質異常の危険因子があると、特定保健指導の対象となる。しかし、腹囲が基準値未満だと、体格指数(BMI)が25未満なら、危険因子があっても指導の対象外だった。

 厚労省研究班の調査で、腹囲が基準値未満でも、危険因子が重なると、心臓病や脳卒中の発症の危険性が、同じように高まることがわかり、同省は、危険因子を持つ、こうした人たちを放置できないと判断した。

(2012年3月27日 読売新聞)

 うーん、やっぱメタボ健診ってビミョー(^-^;
 ちょっと疑問に思っているところをメモっておきます。

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ムズカシイことを易しく見せることの副作用、みたいなものもあるのかも。

 私が小学生だったころ、授業で水の沸点を調べたことがありました。
 水の沸点は100℃ですよね。
 当時の私たちも、それくらいの知識は持っていたので、まあ「温度が100℃になれば正解」みたいな感じで実験をするわけです。
 ところがところが。
 実際に水を加熱していくと、100℃ちょうどで沸騰するグループはほとんどありません。うちのグループは98℃で止まってしまい、それ以上上がらなくなってしまいました。
 他のグループの様子を見に行ったり、温度計の位置を変えてみたり、おしまいにはどこのグループが早く「100℃」に出来るかで競争になったりしてw

 もちろんそれはホントはおかしな話で、知らないことを確かめるために実験しているのだから、沸騰したときに温度計が98℃だったら、「水の沸点は98℃だ」が結論にならなきゃいけません。
 でも私たちは「答え」を知っていたので、98℃なのはおかしいと考えた。
 じゃあ、なにがおかしかったのか。

 水の沸点を左右する要素はいくつもありますよね。
 水に含まれる不純物、大気圧、水面の面積、加熱装置の能力・・・
 グループ間でそれぞれ値が違っていたということで、最も大きな要因は、温度計自体の誤差でしょうか(^-^;
 そういった色々な要因を考えるなら、実は「100℃じゃなきゃおかしい」ってことは全然無いわけです。
 逆に言うなら、もし本当に水の沸点を求めたいのなら、測定に影響を与えるような要因はすべてコントロールした上で、実験しなくちゃいけないですよね。標高の高い学校なんかでは、98℃こそが本来の水の沸点かもしれません。

 ことほどさように実験ってのは難しいもので、シロートが簡単に正しい答えを導けるものなんてごく限られているし、プロだって間違えることはいくらでもあるわけです。
(そういえば、超光速ニュートリノは、どういう結末になるんでしょうねえ・・・)

 子どもたちを集めて行うイベント的な実験では、科学のおもしろさを伝えて興味を持ってもらうことに重点が置かれている印象です。
 もちろんそれはとても重要で有意義なことだと思います。
 一方で、どこかでは実際の実験の難しさを知っておいてもらうことも必要なんじゃないかな、と感じることもしばしばあります(特にニセ科学界隈を見ていると)。

 そういった知識や経験があれば、論文がひとつあるからってウのみにしたりすることも、ちょっとは減るんじゃないかなあ。

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『水は答えを知っている』が入試問題に採用されたらしい(ただし、去年)

 だいぶ前の記事だけど、今日見つけた。
 詳しい内容とかは分かんないけど、とりあえずメモ。

I.H.M.WORLD
『水は答えを知っている』が入試問題に採用されました

 採用して頂いた学校は、村田学園小石川女子中学校です。
(中略)
本書に女性のジョアン・デイヴィスさん(元チューリッヒ工科大学教授)の記述があり、この部分が試験に引用されています。
 試験問題を作成された先生のお話では、「将来的に大学教授になる位の夢を持って欲しい」という気持ちを込めて本書の文章を引用されたそうです。

 引用部分からは、水伝の主張が入試問題になったわけではないようにも読めますが、「水は答えを知っている」の該当ページ(おそらくp.95〜)を見ると、けっこう危うそうです。

 ジョアンさんがいま研究しているのは、水処理の問題です。世界で一般的に使用されているような長いパイプで水を供給するシステムでは、そこを通る水の構造はあまり体によいものとはいえません。水に高い圧力がかかることと、まっすぐなパイプを流れるうちに水のクラスター(水分子がいくつか結合した集合体)が壊れて、水に含まれていたミネラル分が外に出ていってしまうからです。
 たくさんの人によい水を供給し、貧しい人でも使用できるカンタンな水供給のシステムを作るにはどうしたらよいか−ジョアンさんはそれについて研究を重ねています。たとえば水晶を使うことなどをジョアンさんは提案しています。水に小さな水晶を入れると、水の中のミネラルがよくキープされ、この水を与えると植物もよく育ちます。またマグネットを使ったり、蛇口の部分で水が円を描くような動きをもたせる、などの水処理の方法も研究しています。自然に流れる水のよさをどうやって生かすか、というのがジョアンさんの研究テーマのようです。
(中略)
 ジョアンさんは、水の結晶に関する研究について、次のように語ってくれました。
「水の結晶の研究については、たくさんの方からの声が届いています。この研究は、大切な示唆を与えてくれると思います。一つは、水にもっと敬意を表するべきである、ということ。もう一つは、水がとてもデリケートなエネルギーに反応するのだということを知ることができること。
(中略)
いずれにせよ、自然に流れている水ではなく、ビンにつめられている水は気をつける必要があります。水は流れたがっているのです」

 さらに、p.108から引用。

先に紹介したスイスの水質学者、ジョアン・デイヴィスさんは、次のような興味深い話をしてくださいました。
「ある物理学者がこういう実験をしました。太陽系の星の位置によって、水がどのように影響されるかという実験です。いくつかのミネラルが溶け込んだ水を使って、惑星がある特定の位置にきたときに、水が吸い取り紙をどうのぼるのかということを実験したのです。
 すると、たとえば土星が地球に強い影響を及ぼしているときには、鉛が反応を示しました。鉛が溶け込んだ水だけが、吸い取り紙をのぼってきたのです。銅や銀、鉄といった他の物質は反応を示しませんでした。
 この結果からいうと、土星は、鉛という物質にとても関係があるようです。金属は人間の持つ感情、ムードと共鳴します。そういうことからいえば、土星は怒りのエネルギーと強い関連をもっていることになります。
 占星学などでいわれてきた惑星の性格というものが、金属と連動している可能性があります」

 繰り返しますが、どんな引用のされ方、出題のされ方をしたのかは分かりません。ですがこの本を読んでなお引用したのであれば、また、水伝に対する評価をまったく調べずに引用したのであれば、かなり不用意なのではないかという気がします。
 確信的に引用したのであれば論外ですが。

<すぐ追記>
TAKESANさんのブログinterdisciplinaryのエントリ

「水伝の本が入試で引用されたという話」


ブクマコメ

『水は答えを知っている』が入試問題に採用されました|TAKE ACTION FOR JAPAN エモトピースプロジェクト

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「確信」の強さではなく「根拠」の強さが大事、ということ

 PseuDoctorさんのトコのエントリを拝見して、とってもタメになったのでリンク。

PseuDoctorの科学とニセ科学、それと趣味

P02-05: ニセ科学批判の実践と責任


2.「自分の言動から生じた結果は自分で引き受ける」という事

前項では、ニセ科学批判は、誰がどういう形で行っても構わないと書きました。
但し、ここで1つだけ心に留めておいて欲しい事があります。それは「自らの言動の結果は、自らで引き受ける」という事です。つまり「一人前の大人であるのならば(ニセ科学批判に限らず)自分の言動により生じた結果には(一定の)責任がある」という事です。
(中略)
ここまで「一人前の大人なら、自らの言動に責任を持つ」という姿勢について述べてきました。これは、ニセ科学批判において極めて重要なテーマだと言えます。何故なら、こうした姿勢は批判者に自覚して欲しいだけではなく、むしろニセ科学の提唱者にこそ、こういう姿勢を強く求めたいからです。
つまり、ニセ科学が批判される大きな理由の1つに「自らの言動に責任を持たない」という点があるのです
(中略)
5.自発言の信頼性を増す為の心構え

1)発言の論拠を述べる
(中略)
2) 間違えたら訂正する
(中略)
3)解らない点は率直に「解らない」と言う
(中略)
4)自分の言動の影響力に思いを馳せる
(後略)

 え、あれっ、耳がイタい!? ・・・えーと、はは、自戒します(^-^;

 自分が何かを主張するときに、その主張がナニを根拠にしていて、そしてその根拠がどれくらい強いものなのか、常に頭においておかないといけないですね。今みたいに、個人がカンタンに情報発信できる時代は特に。

 もちろんニセ科学側の人は、(商売でやっている場合はべつとして)自分たちの根拠が科学的根拠、それも十分に研究が積み重ねられた定説に匹敵する、あるいは凌駕するほど強いものだと確信しているのは間違いないところでしょう。
 「オレは自分のカンを信じる」「ワタシは自分の目を信じる」って感じ? 代替医療で多そうなのは「ワタシは◯◯さんの言うことを信じる」かな? (※1)
 でもそれ、中世のお医者さんや患者さんが瀉血に対していだいていた「確信」と同じモノ、なんですよねえ(※2)。

 「確信」を捨てるのはなかなか難しいかもだけど、「絶対間違いはない。間違いはないけれど、もし間違いだったら・・・」ということは、しっかり考えておいてもらいたいトコロです。人に勧めるとき、家族で利用しようとするときなんかは特に。
 ・・・って、長く続けていると、それもムズカシそう(^-^; 
 でも、大切な人たちのことを考えるなら、避けてはとおれない、とおってはいけないコトだと思います。

 私も考え続けていきたいです。

<注釈>
※1
 カンや経験は、もちろん有効なことも多いですよね。でも、そうじゃないことも多いですよね。カンや経験に頼っていい(頼らざるを得ない)場合と、頼らないほうがいい場合とがあるのだと思います。

※2
 昔のエントリでちょっと詳しく書いています。

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信じることと信頼することの違い、みたいな

 今日はちょっと気楽に、電子レンジ有害論について調べていた時に浮かんできた思いみたいなモノをグダグダ書いてみます。

 今回は日本のサイトや書籍ではあまりまとまった資料を見つけることができず、海外を中心に調べる形になりました。
 いろいろ背伸びをしながらやってみて、自分の勉強にはなったのですが、やっぱし論文までさかのぼって確認をするというのは、ちょっとそぐわない方向だったかなあ、と思っています。

 学術論文なんかは、私のような一般人が妥当な判断を下せるものではないし、むしろ間違った評価をくだしてしまう可能性のほうが高いくらいでしょう。
 たぶんプロでも論文単独でどうこうではなくて、基礎的な知識に加え、他の論文にも横断的に目を通すことによって、全体の中でその価値を判断できるものだろうと思います。

 変な主張を目にし、「その根拠はなんなのだろう?」という疑問を感じたときに、それを確かめたくてついつい深入りしてしまったりもするんですが、「自分の目で確かめ、自分で判断すること」が、かならずしも最も妥当なやりかたとは言えません。

 信頼できる情報源を確保しておき、基本的にはその内容を受け入れつつ、でもちょっと疑いをもって、自分でもウラを取ってみる、ぐらいがちょうどいいバランスなのかな。これは、何らかの分野で専門的な知識を有するかたでも、それ以外の分野に関しては同じではないでしょうか。

 まあ、結局はなにを信頼できる情報源とみなすかが問題なわけで(^-^; ニセ科学を信じているヒトたちも、信じる対象が違うだけで、価値観や考え方が私たちと極端に違うわけではないですよね・・・行動は極端だったとしても。
 でもやっぱり、信じるとともに「ちょっと疑ってみる」の部分もあわせて持っていて欲しいなあ、と思うのです。

 対象が世間一般に科学と見なされているかどうか、というのは決定的なポイントではなくて、どんなモノに信頼を置くとしても、それがもし疑うことを許されないタイプの信頼なのだとしたら、そのヒトが信頼している対象はやっぱり「科学」ではないのでしょう。

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電子レンジ有害論(6)_その他の主張、そしてまとめ

<前回までのエントリ>
電子レンジ有害論(1)_まずは電子レンジの仕組みから調べてみた

電子レンジ有害論(2)_電子レンジのナニが有害だと言っているのか

電子レンジ有害論(3)_有害論の元ネタを確認してみた_Hans Hertel氏のゆってること

電子レンジ有害論(4)_有害論の元ネタを確認してみた_Lita Lee博士のゆってること

電子レンジ有害論(5)_ランセット論文

 前回見たように、電子レンジの有害性の根拠として紹介されているランセット論文は、アミノ酸の異性化という(有害論全体から見ると)限定的な内容で、かつ複数の異論が提示されているものでした。
 その他の主張については、その根拠となるものが十分に提示されていない、で済ませてしまってもいいかな、と思っていたのですが、電子レンジ有害論についてまとめられている海外のサイトを見つけましたのでご紹介(※1)。
 Hans Hertel氏の主張、そしてその他の主張は、こちらでほぼ言及され、そして否定されています。うう、また英語・・・

<リンク16>
Fact vs. fiction.(Microwave myths)

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