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信じることと信頼することの違い、みたいな

 今日はちょっと気楽に、電子レンジ有害論について調べていた時に浮かんできた思いみたいなモノをグダグダ書いてみます。

 今回は日本のサイトや書籍ではあまりまとまった資料を見つけることができず、海外を中心に調べる形になりました。
 いろいろ背伸びをしながらやってみて、自分の勉強にはなったのですが、やっぱし論文までさかのぼって確認をするというのは、ちょっとそぐわない方向だったかなあ、と思っています。

 学術論文なんかは、私のような一般人が妥当な判断を下せるものではないし、むしろ間違った評価をくだしてしまう可能性のほうが高いくらいでしょう。
 たぶんプロでも論文単独でどうこうではなくて、基礎的な知識に加え、他の論文にも横断的に目を通すことによって、全体の中でその価値を判断できるものだろうと思います。

 変な主張を目にし、「その根拠はなんなのだろう?」という疑問を感じたときに、それを確かめたくてついつい深入りしてしまったりもするんですが、「自分の目で確かめ、自分で判断すること」が、かならずしも最も妥当なやりかたとは言えません。

 信頼できる情報源を確保しておき、基本的にはその内容を受け入れつつ、でもちょっと疑いをもって、自分でもウラを取ってみる、ぐらいがちょうどいいバランスなのかな。これは、何らかの分野で専門的な知識を有するかたでも、それ以外の分野に関しては同じではないでしょうか。

 まあ、結局はなにを信頼できる情報源とみなすかが問題なわけで(^-^; ニセ科学を信じているヒトたちも、信じる対象が違うだけで、価値観や考え方が私たちと極端に違うわけではないですよね・・・行動は極端だったとしても。
 でもやっぱり、信じるとともに「ちょっと疑ってみる」の部分もあわせて持っていて欲しいなあ、と思うのです。

 対象が世間一般に科学と見なされているかどうか、というのは決定的なポイントではなくて、どんなモノに信頼を置くとしても、それがもし疑うことを許されないタイプの信頼なのだとしたら、そのヒトが信頼している対象はやっぱり「科学」ではないのでしょう。

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