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読書感想_実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択

 うあー、読むのにむっちゃ時間がかかったぁ。
 GW辺りから、休みやすみ読んでました。
 充分分かりやすく書かれていると思うんですが、なんか文章がすっと入って来ませんでした。翻訳書は肌に合う、合わないがありますねえ。

 と言うことで、通り一遍ではありますが読了しましたのでご紹介。

リチャード・セイラー(Richard H. Thaler)、キャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein)著

実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択(日経BP社)

 この本は、「リバタリアン・パターナリズム」という考え方について書かれています。

リバタリアニズム:他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだという思想。自由至上主義。
パターナリズム:強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉すること。父権主義。

 一見矛盾すると思われる用語の組み合わせですが、これらについて著者は以下の様な言葉で説明しています。

(p.16より引用)

「人は一般に自分がしたいと思うことをして、望ましくない取り決めを拒否したいのなら、オプト・アウト(拒絶の選択)する自由を与えられるべきである」

「人々がより長生きし、より健康で、より良い暮らしを送れるようにするために、選択アーキテクトが人々の行動に影響を与えようとするのは当然である」

 私たちは社会の中で、様々な選択の機会をえて、また実際に選択し、実行しています。その選択肢をどのように提供するべきかについての考え方、ですね。
 「選択アーキテクト」とは、人々に選択肢を提示するときに、どのような提示のしかたをするのかを決める人(選択の設計者)という意味。要するに「選択の設計者は、人々を利するように設計するべきだ。ただし、それを拒絶する自由は最大限に認められるべきである」ってことですね。

 ここで、引用した2番目の考え方は、なお選択の自由を制限するものに思えるかも知れません。この考え方の導入の上で、著者らが更に置いている前提があります。それは、

「あらゆることが(選択を決定する上で)重要な意味を持つ」
「選択アーキテクトが人々の選択に影響を与えないようにすることは不可能である」

というものです(※1)。
 あらゆること、とは例えば、

1.どの順番で選択肢を提示するか(選挙で、リストの一番上に名前が載った候補者の得票は数ポイント上昇する)
2.どの選択肢をデフォルトの設定にするか。
3.その他、複雑な問題や、直感による選択において、自分たちにとって最大の利益を得る選択、あるいは少なくともよりよい選択を妨げる要素。(惰性、経験則、アンカリング(他のまったく無関係な情報に影響を受けること)、などの様々なバイアス(※2))

 AとBという二種類の選択を提示するときに、どの順番で提示するかといった、内容に無関係なことがらにまで選択が影響を受けざるを得ないのであれば、一般により望ましい(選択者の利益になる)順番にするべきだ(※3)、ただし、選択の自由を確保するために、極めて負担の小さい方法でオプト・アウトできるようにしておくべきだ。

 みたいな感じかな。
 選択アーキテクトによるこのような行為を著者はナッジ(nudge:他人に注意を喚起させたり、気づかせたり、控えめに警告したりすること)と表現しています。

 「リバタリアン・パターナリズム」という用語が印象的すぎて、前提条件をセットにして慎重に説明しないとおびただしく誤解を生みそうですが(^-^; 私はこれは、とってもリーズナブルな(そして、有意識、無意識にかかわらず、多少にかかわらず、実際に採用されている)考え方に思えます。

 例えば病気の治療で考えてみます。
 インフォームド・コンセントを成立させるに際して、複数の治療法が提示される、というのは、単純に治癒の可能性以外の要素(QOLとかコストとか)を考えあわせて患者の選択の自由を確保するために有効ですし、実際に患者が他の要素を重視して、あえて治癒率の低い治療法を選んだとしたら、それは尊重されるべきでしょう。
 ですけど、まったく不合理な理由で、また患者本人が治癒をもっとも重視しているにもかかわらず、治癒率の低い治療法が選ばれる、などといった事態がおこらないよう、情報の提供方法がある程度制御されているのは望ましいと感じます。
 あらゆる行為がナッジになりうるのであれば、好ましいナッジを採用することは、不適切なナッジを防止することでもあります。

 とはいえ、個人の選択に、他者の意思を介入させることの危険性はすぐに思いが至る部分でもあって、本書の中でも反論として以下のような主張が載せられています。

(15章「異論に答えよう」の内容をさくっと要約)
1.ナッジと強権的なパターナリズムの境界はどこにあるのか。ナッジはたやすくより押し付け的な介入へと繋がってしまうのではないか。
2.人々の利益になるようなナッジを与えることもできるが、アーキテクトの利益になるようにナッジするインセンティブが働いてしまうのではないか。
3.人は敢えて不利益を選択する権利があり、ナッジは余計なお世話である。

 これらの異論はそれぞれもっともな懸念を含んでいます。でも、選択に際し、ある種のナッジが不可避なものであるという前提を受け入れるのであれば、敢えて多くの人に望ましくないナッジを与えたり、あるいは完全にランダム化して、人々が受ける影響を運任せにしてしまうというのもおかしな話ですよね。
 大多数の人が共通の価値観をもっていると考えられる範囲、あるいは要素が複雑で無自覚に不利益を被ってしまいそうな範囲では意図的なナッジを容認し、その代わりにそれらの公益性および、オプト・アウトの容易さがどのように確保されているかを第三者が監視していく、くらいが妥当でしょうか。
 社会としてそういう仕組みができていけば、民間企業などで自社の利益のために好ましくないナッジが乱用されることについても、一定の歯止めになるのかな、と思います(※4)。

 私自身、自分の選択の妥当性について自信があるわけじゃないし(^-^; まあ、専門家からのちょっとしたアドバイス、程度に活用できればいいですね。

 最後に、帯に書かれた紹介文をご紹介。

 本書のテーマ「ナッジ」(NUDGE)は、パソコンに現れる「この文書は変更されています。保存しますか?」という親切な警告画面に似ている。この機能のおかげで、我々はせっかくの作業を無駄にしてしまうリスクを免れる。社会生活上のもっとずっと複雑で、まれにしか直面しない数々の場面−医療、貯蓄、借金、投資−で、こうした“オススメ行為”のアドバイスがもらえるとしたらどうだろう?

<参考>
極東ブログ様 [書評]実践 行動経済学 --- 健康、富、幸福への聡明な選択(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン)

情報考学 Passion For The Future様 実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択

<注釈>
※1
(p.22より引用)

 「選択の最大化」を支持する人は、自分たちの方針と一律的な命令との間に大きな余地が残されていることに気づいていない。パターナリズムに反対するか反対派を自認し、ナッジに疑いの目を向ける。そんな疑念は、一つの誤った前提と二つの誤解から生じていると考えられる。
 誤った前提とは、「ほとんどすべての人が、ほとんどすべての場合に、自分たちの最大の利益になる選択をしているか、最低でも第三者がするより良い選択ができる」というものである。
(中略)
一つ目の誤解は、「人々の選択に影響を与えない様にすることは可能である」というものだ。
(中略)
二つ目の誤解は、「パターナリズムには常に強制が伴う」というものだ。

※2
 このあたりの説明は、以前ご紹介した「RISK The Science and Politics of Fear(邦題:リスクにあなたは騙される-「恐怖を操る論理」の内容とかなり共通しています。両方あわせて読むと、理解が深まるかも。

※3
 もちろんこれは一例であって、ナッジは選択肢の順番を考慮すること、だけではありません。念のため。
 選択アーキテクチャーの良否を決める要素として、本書では大きく以下の6つが挙げられています。

1.インセンティブ
2.マッピング(選択と幸福度との対応関係)の理解
3.デフォルト
4.フィードバックを与える
5.エラーを予測する
6.複雑な選択を体系化する

※4
 この文章を書いているときに、ある特定の団体のことが頭に浮かびました(^-^; 標準的な医療の危険性を謳い、安全で自然な療法を謳い、選択の自由を謳って人々を引き込む代替医療などはナッジの悪用の例・・・って言ってしまうとナッジの意味を広げ過ぎかもしれないけど、人々に不合理な選択をさせる様々な要素を利用している、とは言えそうですね。

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コメント

 こちらにいただいていたコメントですが、スパムかどうか判断できなかったので一旦非表示にしました。
 普通のコメントでしたらすみません・・・

投稿: ハブハン | 2012年6月 7日 (木) 21時52分

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